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人骨笛


  サッカーワールドカップの南アフリカ大会が開幕した。サッカーに特別の興味はないが、優勝チームには3千万ドル、27億円以上が贈られると聞けば「ヘ~」と思ってしまう。巨大なビジネスマネーが動いており、メディアがことさらに興奮を煽るのもそれがあってのことか・・・。
 今大会での応援グッズとして「ブブゼラ」というアフリカの民族楽器が使われている。長いラッパのような管楽器だ。本来の素材が何であるのかは知らないが応援用はプラスチックでつくられているようだ。吹き方はトランペットなどと同じように、唇を閉じて吹き口にあて、唇を震わせるように息を吹き込む。「ブブブブッー」と驚くような大きな音が出る。テレビ画面からの知識だが・・・。

 同じ吹き方をする管楽器は数多いが、それらの中にチベットの民族楽器「カンリン(人骨笛)」がある。人間の大腿骨をそのまま笛にしたものだ。私は、それをネパールのチベット人の土産店で入手した。
人骨笛_c0223879_19353058.jpg

  チベットでは死者は火葬や風葬にして葬られる。風葬とは死者を高原や山の頂に放置するもので、雨風にさらされ禽獣に喰われて骨になる。その大腿骨がカンリンになると思われる。髄の部分が空洞になって筒状となるのだ。
 チベットの葬礼では、野辺の送りに数人がカンリンを死者に向かって吹き鳴らす。チベットではすべての人間が善なるものと悪なるものを併せ持っていると考えられている。善なる人として生きた人には悪なるものが骨の中に残り、生前、悪人だった人は善なるものが骨の中に残るというのだ。カンリンは悪人の骨だけでつくられるという。死者に向かってカンリンを吹き鳴らすことは、骨に残っている善なるものを吹きかける行為なのである。カンリンは儀礼用の楽器のようだ。

 夭折の詩人中原中也に「骨」という詩がある。

  ホラホラ、これが僕の骨だ、
  生きてゐた時の苦労にみちた
  あのけがらはしい肉を破って、
  しらじらと雨に洗われ、
  ヌックと出た、骨の尖(さき)。
   (略)
  生きてゐた時に、
  これが食堂の雑踏の中に、
  坐ってゐたこともある
  みつばのおしたしを食ったこともある、
  と思へばなんとも可笑(おか)しい。
    (略)
  ホラホラ、これが僕の骨・・・
  見てゐるのは僕?可笑しなことだ。
  霊魂はあとに残って、
  また骨の処にやって来て、
  見てゐるのかしら?

 私は悪なる人の骨に善なるものが残るという考え方が好きだ。持って生まれてきた善なるものを、生きてこの世に現すことができない不幸、悲しさ、怨念。カンリンの、空気を震わせる音は、その憾(うら)みのように聞こえる。

  われ死なば焼くな埋(うず)むな野に棄てて痩せたる犬の腹をこやせよ 
              (地獄太夫 19歳没 菅原洞禅『和漢古今禅門佳子話』) 

by yoyotei | 2010-06-12 19:35  

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