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夏は来ぬ

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 酒場のカウンターはその店のママやマスター、オヤジさんなどと語り合いながら盃やグラスを傾けることで盛り上がったり、話題が多様に広がったりする。連れがいてもやはり席はカウンターという常連さんは多い。もっとも私が「カウンターへ・・・」と誘うことにもよる。
 右のSatoクリニック夫妻もそうだし、顔が見えないが左端のKojima産婦人科医もそうだ。Kojima医師とは彼女が学生時代にインドへ行ったことがあるという<インドつながり>でもあり、数年前にはベトナムへ同行したこともある。
 また、カウンターは知人や常連同士が偶然に顔を合わせて言葉を交わす席でもあるし、新しい出会いの席にもなる。。この夜、この人たちもそうした偶然の顔合わせである。
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 こういうのを「イケメン」というんだろうな。右は最近、皮膚科医院を開業したTanakaさん。左は仕事関係の人で・・・。名前を聞いたのに忘れました。「ゴメンネ」
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 Satoクリニックの院長は前期までこの地域の医師会長を務めていた。人望がありその穏やかな人柄はいうところの<悪くいう人がいない>人だ。
「オレ、マスターにひどいことばっかり言って悪いなあー」とは、顔を見せるたびの口癖だが、そんなことは決してない。「逃げることのできない人を追いつめてはいけない」ということを、若い頃にある人から教わったことがあるが、おそらく院長はそれが無意識にできる人なのだ。
 夫人は実に控え目で、こちらはいうところの<よけいなことを言わない>人だ。院長が外で飲んだ夜は、きまって迎えに来る。夫人は弟も医者、この夫妻の子供さんも医者。夫人の父上も医者だったし、妹さんも医者に嫁いでいると聞いた。まったくまったく医者だらけの一族なのだ。
 そういえば、両親も祖父母も学校の教師、自分たち夫婦も教師という一家が私の近所にある。こういうのってめずらしくはないのかもね。
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 自宅のそばに、この時季になるとザリガニ獲りの一行がやってくる。この日のザリガニ・ハンターは市内北端の山北からの小学生30人ほどだった。子供たちの歓声やざわめき。「車来たから端によりなさーい」。女先生の声が何度も聞こえた。
 ともかくもザリガニにとっては受難の日になった。
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 ザリガニの語源には、砂礫質に住むことからジャリガニ(砂利蟹)とする説や、体内で生成される白色結石から仏舎利を連想してシャリカニとする説もあるが、後ずさり行動に由来するイザリガニ(居去り蟹)の転訛とする説が最も有力である。昔は、発達したあのカニのようなハサミから、カニの一種として扱われ、後退りするカニと言う事から、後退り蟹となり、退蟹と呼ばれ名前の由来だと言われている。<Wikipedia>
 こちらも<Wikipedia>の受け売りだが、海外では食材として利用されるという。タラバガニに似た味で美味だとして、市場では同じ大きさのエビよりも高値で取引されるらしい。塩茹でや蒸し蟹をサンドイッチに挟んで食べたり、サラダにまぜてつかわれたり、巻き寿司や手巻き寿司に巻いて食べるらしい。
 カントリーウエスタンのハンク・ウィリアムスが歌った「ジャンバラヤ(Jambalaya)」の歌詞にはザリガニ・パイ(crawfish・pie)が出てくる。私は長い間「ジャンバラヤ」がザリガニを使ったピラフだと思っていた。
 当地でも50年ほど前には食べたというが・・・。
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 左端はMaedaさん。長いつきあいになった。中央は次女のKanakoさんで、その右は夫のShigehumiさんだ。結婚して2年目だったかな。Kanakoさんはおとうさんの心配をすることしきり。まあ、飲んでこの顔ではねえ。
 Medaさんは若い頃から落語が好きで、最近は東京の寄席に行くこともあるらしい。今回のブログを落語ネタで締めくくろうと思ったが、どうもいいのが思いつかない。そこで、
「酩酊に、五段階あるは、奇しきことなり。すなわち、諧謔的段階、好戦的段階、催涙段階、昏睡段階、および、不機嫌段階、これなり。はじめの二段階は見苦しからず、また、さほど愉快なものにあらざるなり。第四の段階は、不体裁もはなはだしき上に、いささかも愉快にあらず。しこうして、第五段階にいたらんか。さよう、ことここにいたらば、止めを刺されて、相果てるにおよぶなり」
                  『台所の子爵』(ド・モーデュイ子爵 田村隆一訳)
 この夜のMaeda氏の酩酊はいづれの段階であったか。足の運びがおぼつかなくなるのはほとんど第五段階、止めを刺されて、相果てるにおよぶか。自重自愛のほどを。もっともこれはMaeda氏にだけではなく、おのれ自身への警告でもある。
 
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by yoyotei | 2011-06-15 12:28  

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