夫婦百態
『「広がりのある公」をつくろう』をメッセージに、NPO法人「都岐沙羅パートナーセンター」を運営する中心的人物のOtakiさん夫妻。かつては地域通貨やインド話の講演などで接触・連携があった。ホームページを開いてみたら「協働のまちづくりを考える」という新しいアクション・ワードが載っていた。私が代表をしている立ち上げたばかりの「村上・岩船自治体研究会」と接点がありそうな気もする。
奥さんの気さくな人柄がいい。どこか少女っぽいところもいい。
きれいな方なので動揺していたら周りからひやかされた。お隣がご主人だと聞いて「むむっ」となった。もし「なんと不条理な」などと言ったら「どういう意味ですか」とご主人に怒られるだろうな。
Otakiさんたちと同じく地域発信の活動に関わっておられるようだ。
Murayama夫妻である。ご主人は総合病院の院長。奥さんが「都岐沙羅パートナーセンター」の、これも初期からの主要スタッフだ。料理上手で有名だが、なにしろこの笑顔だ。周囲をなごやかに明るくさせる「おひさま」だ。
このスナップの仲良しぶりは酒のせいだけではない。
結婚前後、よく遊んだものだ。信濃川だったか阿賀野川だったか「いかだ下り」をしたこともあるYamagaiさん、それと奥さんだ。ここのところ、奥さんと近所で顔をあわせることが多く、「会うときには会うんだね」と言っていたら夫婦で店にやってきた。夫婦での来店は何年ぶりだろう。
この夜は社交的な面も見せた奥さんだった。高校の弓道部で出会ったと聞いていたと思うが、記憶ちがいではあるまい。いい夫婦になった。
店に入ってこられるなり私の手を握られた。顔の表情が崩れて涙がほとばしり出た。7月の村上大祭で事故死された吉川さんの奥様だった(ブログ「暗転!村上大祭」2011年7月)。彼女の来店は初めてであり、葬儀での面識は私の記憶にもなかった。亡くなった夫が好んで足を運んだ店。彼が好きだったその店に来た。夫の死を取り上げた私のブログも読んでいた。言葉を次いでは、涙声になった。
中央は亡くなった吉川さんの妹を妻にしているKosakaさんだ。彼とは長い付き合いになった。スキーにもよく行った。あれは白馬だったか赤倉だったか。スキー仲間二組のプレ結婚式を画策して実行した。雪が降りしきる深夜、ブルトーザーを動かして「ウエディングベル」への道を除雪してくれたペンションの主人。Kosakaさんの温かいサプライズ企画はすばらしい。遊び心を形に作り上げていく才能の持ち主だ。他人をけっして批判しない人柄でもある。
吉川夫人は秋田出身と聞いた。夫の死後、彼女は二人の生活の場であった御殿場を引き払って、夫の故郷であり、悲しい終焉の地となった村上に居を移した。夫婦の形は一様ではない。
左はおなじみのMurayama氏。彼は「愛語」が好きだと私に語ったことがある。「愛語」とは、自らが仏や菩薩となって相手にかける言葉をいう。慈愛に満ちた言葉のやりとりで人間関係や夫婦関係を築くことができたらこんないいことはなない。
by yoyotei | 2011-10-31 19:25