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「わしゃあ釜爺だ。風呂釜にこき使われとるじじいだ」

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 ダイアリーがほとんどマンスリー状態になったのは今回だけではないが、それでも少しはいい訳めいた理由がないでもない。ひとつにはいつもの3月と違って客足が遠のいていたこと。カメラを手にするタイミングを逸して、ブログアップにまで至らなかったこと。暇にまかせて石膏デッサンに取り組んでいたこと。極端な寒暖の差で春への歩みが遅々として進まず、気分が一定しなかったこと。そこへもってきて、急に昼間の仕事を始めたことなどでパソコンに向かうゆとりを失っていたのだ。
「かまわぬ、かまわぬ。マイペースでいきなはれ」
 誰かの声が聞こえるようでもあるが・・・。
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 そうしたなかで、知人の大滝友和さんが自身9冊目になる冊子を刊行し、その贈呈を受けた。書名は『村上の曾良と芭蕉』である。
 芭蕉と曾良は「奥の細道」の途中、大滝さんの生地・山北地区北中(当時は中村)に1泊し、村上に2泊した。「そのことを知った40年前の感動が、その後の調査研究の動機となって持続してきた」と大滝さんはいう。
 今年1月には、私も参加している「村上市民ネットワーク」で講演をお願いした。謎解きをする話の展開の巧みさに大いに感銘を受け、講演を聴いた参加者からも、面白かった、興味をそそられたなどの賞賛の声がしきりだった。
 今回の著書には、その謎への探求が講演よりも緻密に展開されている。村上周辺の住民にとってはもちろんだが、なにかと謎の多い松尾芭蕉、その愛好家にも興味深い1冊だと思う。それだけでなく、この1冊は曾良と芭蕉の足跡をたどりながら、大滝さん自身の足跡にもなっていて、そこからは注いできた大滝さんの情熱が読み取れる。
 縁あって過去の著書8冊も大滝さんから贈呈を受けてきたが、それらも教師として小学校に勤務しながら、社会科の実践テーマを「地域素材の教材化」として取り組んできた大滝さんの貴重な業績である。あらためてその著書を紹介して労をねぎらいたい。
①わが故郷の松尾芭蕉その1『中村ニ宿ス考』(平成2年12月)
②わが故郷の松尾芭蕉その2『村上二泊考』(平成3年5月)
③『粟島見聞録』(平成6年3月)
④『続粟島見聞録』(平成7年2月)
⑤『米沢街道峠紀行』(平成10年2月)
⑥『關谷學園資料編』(平成11年3月)
⑦『義経伝説』(平成17年2月)
⑧『忠敬測量物語』(平成21年12月)
 3年前に退職した大滝さんは、いま人工透析を受けながらも、調査研究・執筆・講演と精力的に活動を続けている。今回は表紙全体のレイアウトを娘・愛子さんが担当したという。小さい頃から面識のある私にとっては、あの<愛子ちゃん>が父の著書に花を添えたことが、我が事のように嬉しい。
 『村上の曾良と芭蕉』は、地元では益田書店と郷土資料館で頒布価格1,000円で扱っている。
問い合わせは、電話・FAX;0254(53)1936 E-mail;tomokazu2156@ivory.plala.or.jp
 
大滝さんはすでに10冊目の著書『村上歴史探訪(仮称)』を発刊予定だ。そして、また新しい謎にも取り組んでいる。先日、その一端を伺ったが、なかなか興味深い。いずれなされるであろうその報告も楽しみだ。
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 何年前になるだろうか。県立高校の分校が閉校した。大方の備品等はしかるべき行き先があったようだったが、なお行き先のないものが残された。つまりはガラクタだ。そのなかにあったのが石膏像アグリッパだった。
 ほこりをかぶり、眼球部は当時の生徒がいたずらに塗ったであろう絵の具で彩色がほどこされてあった。私は整理にあたっていた職員からこのアグリッパを貰い受けた。長く自宅に放置してあったが、あるときテレビでタレントが石膏デッサンをする番組をみたのがきっかけになった。店に持ち込んで客が来るまでの間、せっせと鉛筆を走らせた。こういうことになると私は夢中になる。興が乗ると客が来ないで欲しいとまで思ってしまう。そのままずっと描いていたくなるのだ。
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 ところで急に始める事になった昼間の仕事だ。瀬波温泉のあるホテルに10年ばかり勤務していた人が急に退職した。欠員を埋めるための相談を受けたのが、やはりそのホテルに勤務する私の知人で、話はすぐに私にもたらされた。
 月に10日程度で(実際には16日だった)、店の営業には差し支えない時間帯ということなので引き受けることにして、数10年ぶりに履歴書を書き、面接を受けた。面接の場で採用ということになり、3月下旬から勤務が始まったのだった。
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 仕事の内容は浴場の清掃、温泉の温度管理をメインに、さまざまないわゆる雑用だ。雑用という仕事はないと誰かが言っていたが、設備担当ということになっている。
 浴場の清掃はともかく、温泉の温度管理や濾過槽の調整はあまりにも複雑で、簡単には覚えられない。72歳になるという主任と、この仕事について4年になるという70歳の先輩が懇切に教えてくれる。だが一人でこなせるようになるには相当の時間がかかるらしい。(上の写真は男湯の濾過槽)
 主任は長く外国航路の貨物船でコック長をしていた人で、現在は釣り船の船長でもある。先輩も遠洋漁業などに従事してきたという。二人とも好人物で、こういう人たちと知り合い、いっしょに仕事ができるのは人生における幸運というものだ。
 当分は長い旅行もおあずけの状況になったが、それはいつかのことにして、この仕事を通じて何かを学ぶことができたらそれもいいだろう。
 勤務は朝8時30分からで、通常は午後3時30分までだ。勤務日の前夜は飲酒も控えがちになる。「酒も飲まず金を貯めて長生きをする気かよ」と、友人から揶揄されている。
 春になったら新しいスニーカーを買って早朝ウオーキングでも始めようと思っていた矢先にホテル勤務となった。広い館内を歩き回りながら「これもエクササイズだ」と言い聞かせている。
 タイトルはアニメ映画『千と千尋の神隠し』で「油屋」の釜焚きをしている釜爺(かまじい)のせりふ。先日、カサブランカ・ダンディのOtakiさんと来店したEijiさんが、私のホテル勤務の話を聞いて「釜爺だ釜爺だ!」と叫んだことによる。そういえば、いっしょに湯の管理をする私たち設備担当者3人の手を合わせると釜爺と同じ6本になる。3人が釜爺と同じ「頭」をしているのも可笑しい。「エンガチョ!」
 仕事の後はゆっくりと温泉につかる。「よきかな・・・」 
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 釜爺の仕事がオフの一日、春休みで来ていた孫娘たちと近くの「山居山遊歩道」を歩いた。カタクリや雪割草の群生も見られるところだ。数年前までは、かつて薪炭林だったという一帯も荒放題だったが、有志の人たちの尽力で道が切り開かれた。
 家では2階への階段の上り下りができないナメローも、ここでは急な山道をものともしない。5月になればタケノコも採取できる。いい場所に、いい季節が巡って来た。

by yoyotei | 2013-04-03 06:20  

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