生まれては死ぬ理(ことわり)を示すちふ

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 瞬間、人の表情がとても魅力的に見える時がある。対象にぐっと意識を集中した時だ。
 豪放磊落という言葉があり、気性がおおらかで小さいことにこだわらない様子をいうが、イチノセさんがまさにそうだ。店に客の姿がなく、気分が落ち込み気味でも、彼が顔を見せると、私は不思議な安心感を覚える。そのイチノセさんが見せた一瞬だ。
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 この夜は会社の若い社員とやってきたイチノセさん。中央は「この人と結婚していなかったら、俺はどうなっていたか」と究極の結婚賛歌を打ち明けたことのあるウチヤマさんだ。(当ブログ2015年1月「喝!」)一瞬の言葉のほとばしりが、その人の真実の吐露であり、人の心を感動で抉(えぐ)ることがある。忘れられない場面を、私に焼き付けてくれたウチヤマさんだ。右はホンマさん。
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 女子グループは左手前から時計回りに、ヨウコ、トモミ、ハルカ、フミエのみなさん。奥の男子は別のグループ(念のため)。
 その中で村上高校の英語教師だった故本間桂先生の教え子というのはトモミさん。それも本間先生が70歳前後で、代理で臨時教師をつとめていたころだったと思われる。

 つい先日、その本間桂先生が新潟県立村松高校で教鞭を執っていたころの教え子2人が墓参にやってきた。その前日に、村上高校時代の教え子瀬賀ドクターから、たまたまそのことを聞いていた。翌日の朝、職場のホテルでフロントの前を通りかかると、男性客2人の会話が耳に入った。
「地図をもらいましょうよ」
 フロント係と2人は顔を寄せて地図に視線を落としていたが、容易に目的地を確認できない様子だ。なにやら天啓のように「もしや」とひらめくものがあった。
「お客様、どちらへいらっしゃいます?」
 声をかけると1人から「大町文庫・・・」という声がもれた。
 瀬賀ドクターから、教え子の2人とは墓参の後、「大町文庫」で会うことになっていると聞いていた。「大町文庫」は瀬賀ドクターが建てた文庫で、本間先生を含む高校時代の恩師3人の蔵書が収めてある。
「失礼ですが本間桂先生の?」
 二人の顔に驚きの表情が走った。
「私、本間桂先生の隣に住まいしております。昨日、瀬賀先生から墓参にこられる方がいらっしゃると伺っておりました。おひとりは東京大学で地球物理学を研究されているということも」
 それも瀬賀ドクターからの情報だった。背の高い方の男性が「それは私です」と応じた。2人が宿をとって前泊をすることは聞いてはいなかった。あまりの奇遇に、しばし呆然とした私だった。
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 こちらのグループは左からアマノ、イトウ、カリヤの3人。アマノさんは博多出身だという。昨年の秋、私は高校の同窓会で博多に行き、好印象を受けた。機会があったらまた行きたいところだ。
 イトウさんは新潟県の森林研究所に勤務している。以前、私が採取した奇妙なキノコを「コツブタケ」と同定してもらったことがある。大学の同期だろうか。3人の<つながり>りは聞きもらした。
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 時々の週末に横浜から帰郷する前田さんが、今回は長女のシオリさんを同行した。コンテンポラリーダンス(モダンバレエ)を続けているシオリさん。イギリス、ドイツなどで、レッスンのためのオーディションを受けてきたが、今回スペインのオーデションに合格したという。1年間のくスペインでのレッスンのために、いまはもうスペインの空の下だ。
 すでにして舞台表現者としてのオーラを感じるシオリさん。若いが<言葉>に重みがある。国際的なレベルでのバレエへの取り組みがそうさせるのだろう。バレエが人生となるのか、人生にバレエを取り入れるのか。これからのシオリさんを見続けたいと思う。
 私の孫娘の1人も3歳から同じバレエを続け、やがて15年になる。こちらはどのように展開していくのだろう。
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 ノリユキさんという古い馴染みがいる。ある時期から聴力を失ったが、人工内耳を埋め込んで聴力を取り戻した。<音>が聞こえたときの喜びはどれほどのものだったか。
 彼には二人の娘がいる。娘たちはそれぞれ人生のパートナーを得たが、姉と結婚した右のヒロシさんは妻の実家に同居している。妹を妻にしたカツノリさんとは三面川に釣りに行くこともあるらしい。
 娘たちの、そのパートナー同士が酒盃を傾けている。娘の親にとっては、これもまた<幸せ>なシチュエーションだ。ノリユキさん、その<幸せ>を噛み締めているにちがいない。
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 日紫喜と書いて<ひしき>と読む。外科医マリコさん(左)の苗字だ。三重県にルーツがあるらしい。右は看護師のコトミさん。二人ともほぼ同い年の20代後半。カレーを肴に、マリコさんはオンザロック、コトミさんは水割りでグイグイとスコッチを飲む。なかなかの酒豪だ。
 マリコさんの<彼>は内科医だが、医師になる前は東京大学でカタクチイワシの耳石(じせき)の研究をしていたという。耳石は動物の内耳にある骨片。成長年齢が示され、魚類ではこれによって年齢が査定できる。彼はマリコさんより7歳年長なのに医学部の同期なのは、その前歴があるからだ。その二人とコトミさんは<粟島診療所>での接点があった。
 粟島は村上市の岩船港からフェリーで1時間45分の沖合いにある離島だが、全島が粟島浦村という人口365人の小さな自治体だ。2000年から全国を席巻した「平成の大合併」において、新潟県は1999年3月には112あった市町村が、2000年3月には30にまで減少した。減少数は全国1位、減少率でも全国3位という合併優等県であった。そんな中で、粟島浦村は敢然として自立(自律)の道を選んで今にいたる。
 当時、「合併を考える住民の会」のメンバーとして何度か、粟島を訪れて合併慎重論を説いて回ったものだ。最近、わずかだが人口が増えたと聞いた。
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 イタリアから輸入されたアンチョビだ。<春キャベツとアンチョビのパスタ>といった料理に私は使う。小さく刻んでポテトサラダに混ぜたり、ピザのトッピングなど、<大人の味>として楽しむことができる。
 瓶の裏に原材料として<ヨーロッパカタクチイワシ・ひまわり油・塩>とある。カタクチイワシといえばアンチョビだが<ヨーロッパカタクチイワシ>と称する種類もいるようだ。カタクチイワシの耳石を研究していたマリコさんの彼は、話の面白い人だという。そのあたりも含めて研究の一端を聞きたいと思う。

 ところで、村上市では大滝平正市長がパーキンソン病治療のため、5月いっぱいで辞職した。新しい市長を選ぶ選挙は6月28日におこなわれることになり、すでに4氏が立候補を表明している。そうした情勢を受けて、私もメンバーである「村上市民ネットワーク」では「あすの村上を語る」と題したシンポジウムを開催することにした。市長候補の4人がパネリスト(1人は文書参加)、私はコーディネーターを務める。
 自分たちの町はこれでいいのか。住みやすいか。子育てはできるか。安心して歳をとれるか。若者の夢をサポートしているか・・・・・。課題は?対策はプランは?自分たちの町を自分たちでつくるという、住民自治の意識が広がるきっかけになればと思っている。

 暑かった5月が去ったが、本格的な暑さの季節はこれからだ。6月になって梅雨前線が北上している。
 そんな折、マヤさんが7月初旬の<野外BBQパーティー>のプランを持ってきた。うっとうしい季節を乗り切る元気が出てきた。
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 上はバラの葉裏に発見したアシナガバチ(?)の巣。下は我が家の物置の天井に建造されたキイロスズメバチ(?)の巣だ。こちらはすぐに撤去しないと危険が及ぶ。

 ナメローが死んだ。
 今年の年明けから体調が悪化していたが、一週間前から何も食べなくなった。流動食を注入してもしばらくするともどしてしまう。昨日は朝から「生活と健康を守る会」の総会に出かけていた。その留守に息を引き取った。新潟市から娘と孫が駆けつけてくれた時には、まだ身体が温かかったという。妻も仕事で外出中だった。覚悟はしていたが、誰もいない中で旅立ったことが不憫だ。14年間、私たちとともに在った家族だった。
 今日は早朝から棺を作り、花とともに納めて、庭の石榴(ザクロ)の根元に埋葬した。わが家における5匹目のシーズーの昇天だ。当分は喪失感に襲われるだろう。
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 生まれては死ぬ理(ことわり)を示すちふ沙羅の木の花美しき
                                     天田愚庵
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by yoyotei | 2015-06-08 16:37  

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