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曼珠沙華二本づつ立ち雨の中

 前回のブログに左目の視力低下について書いたが、2日後、嘘のようにその視力が回復した。
 その間、MCを担当する国際トライアスロン大会を控え、選手のレースナンバーはおろか姿さえも目視で捉えることは無理だと悩んだ。1年後の車の免許更新も不可能だと暗澹となった。靄がかかったような視野の中、恐る恐る車を走らせ、直系15センチの<縁なしライト付ルーペ>を買ってきた。これによってどうにか文字を読むことができると、小さな安堵。パソコン画面でも文字を拡大して、どうにかブログをアップした。
 前触れもなく靄が晴れたようにクリアーな視野が広がったとき、ほとんど時を同じくして、数日前からまったく音量が上がらなかったカーラジオから、女性パーソナリティーの明るい声が聞こえてきた。
 視力の一時的な低下は<かすみ目>だったかもしれない。それにしてもカーラジオの音声は・・・。いづれにしてもよかったよかった。
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 破顔一笑。左は<地名研究>や<村上の小路探求>ですっかり文化人となった佐藤三良(みつよし)さん。右は「NPO埼玉映画ネットワーク」を展開する今井吉規(よしのり)さん。今井さんは、大学で佐藤さんの4年先輩。3度目の来店だ。
 『ひまわり』(1970年/イタリア)『砂の器』(1974年/日本)など、今回も映画の話になった。今井さんは『砂の器』の刑事役丹波哲郎の演技を褒め、映画の中の彼の台詞「くり返しくり返し・・・、くり返しくり返し」を再現して見せた。そして涙ぐんだ。その場面がよくわかる私も瞼(まぶた)がジワッとなった。2年前に妻を癌で亡くした今井さんは、そのことに触れて、また涙声になった。私もまた涙を誘われた。
 今井さんは8月30日、「安保法案廃案」「安倍政権退陣」を訴えた国会前12万人の中にいたという。ネット上でも共感を広げている 「SEALDs KANSAI」(シールズ関西)、寺田ともかさん(22)=大学4年生=の訴えも聞いたという。
「国家の名のもとに人の命が消費されるような未来を絶対に止めたい。敵に銃口を向け、やられたらやるぞと威嚇するのではなく、そもそも敵をつくらない努力をあきらめない国でいたい。平和憲法に根ざした新しい安全保障のあり方を示し続ける国でありたい」と主張する寺田ともかさん。
 「いつの日か、一見、絶望的な状況から始まったこの国の民主主義が、人間の尊厳のために立ち上がるすべての人を勇気づけ、世界的な戦争放棄にむけてのうねりになることを信じる」
 この国にはこんなすばらしい若者がいることを実感した寺田ともかさんの発言。確かに、私はおおいに勇気づけられた。
 同じ日、私は村上市の国道7号線の数ヶ所の交差点で、<じっとしてはいられない>人たちとマイクを握っていた。
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 左からヨシ、スズキ兄、スズキ弟、カズオ、タカヒロさんの男たち5人。
 飲み屋の会話としては<タブー>といわれる宗教や政治の話題も、冷静さを欠かない限り私の店では<タブー>ではない。この夜はスズキ兄弟を中心に「安保法案」についての議論になった。「石亀」のママも顔を出したが、私も熱くなりそうだと、水割りをグイッと飲んで退散した。<白熱>を帯びた議論を静かに聞いていたマヤさんは、1週間後に来店して、彼らの安全保障に対する関心や、それなりに情報を取り込んでいることに驚いたと語った。私が<口火>を切ったにしても、地方の<普通>の青年たちがこの問題を語った。酒場だって<民主主義の学校>になる。
 この日、「安保法案」は参議院本会議で可決成立した。
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 この地域の在宅診療もしている開業医の瀬賀さんは、年に一度だけまとまった休みをとって海外旅行をする。今年はイタリアだった。この夜はイタリアへ同行した旅行仲間とイタリアワインを飲みながらの<ハンバギヌギ=打ち上げ>となった。
 メンバーのひとり元小学校教師のイヅミさん(左)は、初めての海外旅行が今回のイタリアだった。彼女は25年前、ある男性と二人で来店してウイスキーのボトル1本を空にしたという。そのときの男性が現在の夫である。
 この日から数日後、イヅミさんは夫をともなってやって来た。家では料理の達人という夫は、言葉を選びながらゆったりと話すイヅミさんの話を、おだやかな笑顔で聞いていた。銀婚式を迎えた二人。いい夫婦だ。
 イヅミさんの隣はピアノ教師のマリさん。イヅミさんのピアノの先生でもある。この夜はマリさんによって音楽への道を開かれたというミュージシャンの大滝さんも、指導しているコーラスのメンバーと共に大挙しての来店。師弟の再会となった。
 この夜はまた「村上秋花火」と銘打って、当地では17年ぶりという花火大会があった。店の前から人家の屋根越しに花火を眺め、店内では「アメージングレース」など、コーラスの歌声に魅了された。興に乗った瀬賀さんは指揮をしてコーラスを導いた。集った人たちがその場の空気をつくり、空気が人々の心をひとつにした。楽しい夜だった。
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 偽りの心があると手を噛み切られる、あるいは手が抜けなくなるという伝説がある「真実の口」(サンタマリア・イン・コスメディン協会/ローマ)。かつて、ある席で「私は(患者に)嘘ばかりついてきました」と語ったことがあった瀬賀さん。無事に帰ってきたところを見ると、瀬賀さんの嘘は<偽りの心>から出たものではなかったのだ。
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 蕾(つぼみ)だろうか。綿である。
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「生活と健康を守る会」で恒例になっている「ハゼを食べる会」。天候に配慮して、今年は会場を海岸から集会所へ移した。私は今回もハゼを釣ることなく、食べて飲んでギターを弾いた。中華料理店を廃業した料理人が、仲間が釣りためておいた大量のハゼを天麩羅にしてくれた。終了後はスタッフたちと、わが家で打ち上げ。そして轟沈した。 
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 村上総合病院医局の送別会があった。転勤するのは外科医日紫木(ひしき)さん(左)と脳外科医根路銘(ねろめ)さん(右)。二人とも珍しい名前ということもあってこのブログで紹介したことがあった。その二人がそろっての転勤ということになった。長いつきあいになった渡辺外科医長(中央)が歓送迎会の流れなどで、こうした若い医師たちを案内してきてくれる。この夜は「私は村上で生まれました」という内科医もいて、終末期を迎えた患者の命について少し話した。哲学、宗教、家族・・・。そして医療。どのように<命>と向き合うか。医師として人間として・・・。

 今年の「村上・笹川流れ国際トライアスロン大会」実況MCは、リハビリテーション大学生たちの助けを借りてなんとかやりおおせた。長年にわたるMCパートナーのミヤコさんは第2子の妊娠9ヶ月にして奮闘するも、早々に表彰式の司会にとられる。その後はほとんど1人でマイクに向かうこと4時間あまり。それでもさほどの疲労を覚えなかったのはさわやかな秋の天候のおかげだったか。
 参加選手から寄せられた自己PRからイシグロ・シュウキチさん(79歳/新潟県)のコメント「「100歳まで大会に参加します。年齢別表彰カテゴリーに80~100歳を新設してください」。イシグロさんは昨年の大会では657位だった。今年もみごとに完走した。
 私のMC担当も20年を過ぎた。数年前から後継者をさがしているがいまだ見つからない。こうなったら大会本部から引退を勧告されるまで続けようかと思っている。「もう歳だから」などといっていたらイシグロさんなど高齢の参加者から笑われる。
 とはいっても近頃は身体のあちこちに支障があらわれる。<かすみ目>もそうかもしれない。2週間前には左足親指の付けが痛みに襲われた。関節炎と診断されたが痛みが脛(すね)にまで達して歩行を困難にさせた。朝起きたら首が動かせないほど痛かったのは1週間前。酔ったあげくに不自然な寝方をして寝違えたと思われる。身体の支障は気持ちを落ち込ませる。健康がありがたい。
 ダブルワークのホテル勤務では「清掃・設備チーム」の先輩2人が9月で退職する。すでに替わりの新人男女各1名が採用されて業務についている。新人といっても2人とも59歳、そのうち男性の方は、数年前に高齢の両親を介護するために愛知県の勤務先を辞めて故郷へ帰ってきた。年間10万人を超えるといわれる介護離職者のひとりだ。彼の場合は離職に加えて離婚もともなった。小学校は片道1時間も歩いて登校したという北越後の山奥の集落へ、妻は来ることを拒んだという。母親が施設に入所したためにパートの勤めができるようになった。
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 曼珠沙華、彼岸花ともいう。これを見るものはおのずから悪行を離れるという。

 まんじゅしゃげつぼみの花のすがしけど手にとりがたき嘆きせりけり      尾山篤二郎

「曼珠沙華はある禁忌を伴う花だから、それが<手に取りがたき>というだけでなく、ある異性(少女?)の手をとりがたいとの嘆きが籠もっていよう」と山本健吉は解く。(『句歌歳時記・秋』新潮社 昭和61)
 だが、中村汀女は<曼珠沙華抱くほどとれど母恋し>と詠んでいる。この花に伴う<禁忌>とはいったいなんだろう。私は無人の隣家の裏庭にこの花を見つけたとき、ゾッとした。この花を両手いっぱいに摘み取るなどとは想像しがたい。『句歌歳時記』には次の句も載せてあり、山本健吉は「雨中に二本ずつ、とびとびに立つさまを、この花らしく奇怪と見たか」と評している。
 
 曼珠沙華二本づつ立ち雨の中                             安部みどり女
  

by yoyotei | 2015-09-29 10:24  

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