明るく静かに澄んで懐かしい<音>、少しは甘えて・・・・・・

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 タカヨシさん&リサさん夫妻だ。「むらかみBAR(バル)街」の参加者説明でタカヨシさんと席が隣だったのも何かの縁だったか。国道沿いで「うまいもんや新町」を営んでいる。
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 左からタカヨシ、リサ、サチコ、ショータ、シュンスケさん。リサさんの他はみんな同級生。「うまいもんや新町」の繁盛を支えているにちがいない人たちだ。
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 アンニャほど上手に日本語を話し・書き・読む外国人を知らない。新潟大学でドイツ語の教鞭を執るドイツ人だ。村上駅前でライブ・カフェ「楽屋」を営む夫・青山マスターと共に「映像から暮らしと環境を考える会」のメンバーでもある。私はこの「映像から・・・の会」で、商業主義ではない数多くの映画の存在を知った。
 この夜はドイツの<カバレット>が話題になった。ジャーナリスト佐高信とお笑い芸人松元ヒロの対談集『安部政権を笑い倒す』(角川新書2015)という本。その中に「社会や政治批判をして人を笑わせる芸をドイツでは<カバレット>、カバレットをやる人たちを<カバレッティスト>呼ぶ」とあったからだ。
 今の日本はカバレットのネタに事欠かない。嘘と欺瞞が横行し、恥ずかしげもないチャラチャラ、シャアシャアとした権力者の言動にあきれ果てる。
「かなわぬ存在への畏(おそ)れがあると、人は傲慢にならない。傲慢な人間は、よき人生の師というものを持っていない人」。あれこれの人物に聞かせたい言葉だ。もちろん自分への戒めとしても。
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 私の店から歩いて1分のところにある老舗料亭「能登新(のとしん)」の主人(左)。外科医で病院長でトライアスリートでもあるドクター・ムラヤマ(中)。そしてアンニャ・ホップ(右)。それぞれがひとり一人やってきて偶然に顔を合わして飲みながら談笑する。「やあ」「こんばんは」「今夜は?」「ちょっと集まりが・・・」。こんな店が私の理想だ。
 夭夭亭が村上の伝説の店(飲み屋)3軒に入っていると聞いた。先輩筋にあたる2軒は「木馬」「むらさき」だという。どちらの店も時代に迎合することなく、独自のスタイルを半世紀にわたって守り続けている。時代の流れに乗りたいのに、上手に時代を乗りこなせない私は定まらない腰つきのままだ。
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 宝田明さんとの食事を料亭「能登新」でとったことがある。その折の<献立>だ。料亭料理に接することなどほとんどない私は料理の数々、食材の多様さに目を瞠るばかりだった。この料亭には西郷隆盛の逸話があるが、それはまたいづれ。 
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 岳(がく)君もこの夜は<BAR街>の客。このあともパパ・ママと何軒か<ハシゴ酒>を続けたのだろうか。
「俺がガキだったあのころ、話せる親父に連れられて一緒に酒場へ行ったんだ。親父が飲むのを見ていたら俺もなんだか飲みたくなって・・・」(1961年の日活映画『赤い荒野』で主演の宍戸錠が歌った「ジョーの子守唄」の一節で、この映画は私が中学・高校時代をすごした場所でロケがおこなわれた)
 岳君2歳、酒を飲めるまでには18年。店の存続はおろか、私自身のこの世における存在すら危うい。
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 菜月ちゃんも<BAR街>酒場めぐり。モダンバレエを習っていて私と舞台の仲間でもある。秋には<オオカミ>に扮する私と同じ演目で共演することになるようだ。
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(左から時計周りに)カオリ、ミホ、マリ、アイコ、ミナコの女子5人組。この日はミホさんの?回目の誕生日ということで、私もお祝いのケーキのご相伴にあずかった。
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 エリさんは近々タイへ旅立つ。初めての海外だそうだ。旅立ち前のワクワク感。視界に飛び込んでくる異国の風景。いつまでも鮮烈によみがえる旅の思い出。旅はあらためて自分に向き合うことでもある。「行く前と行ってきてから顔を出します」とメールをもらった。ちょっと涙目のエリさん、旅の話を聞くのが楽しみだ。

 私にもインド旅行の話が舞い込んできた。暑い国の最も暑い時期、来年5月のインドだ。5泊ほどの特別ツアー。この時期のインドは初めてだし、インドのツアー旅行も初めてだ。どうなることやら・・・・・・。

 開催2回目にして初めて参加した「むらかみBAR(バル)街」。BAR客70人の8割が初来店だった。「「気になっていた店です」「外からは想像できなかった(店内)、驚きました」「BARイベントがなければ入れなかった店です」などの感想をもらった。来店予約もあった。店の存在をあらためて教えてもらったような手ごたえを感じた<BARイベント>は、10月に第3回目が行われる予定だ。

 前から一度は見たいと思っていた8月の長岡花火。抽選販売の升席をゲットしたと次女から連絡があった。三女は第三子を懐胎、来春には7人目の孫が誕生予定との知らせも。その三女の夫から<父の日>に甚平と雪駄が送られてきた。花火見物の衣装が決まった。。
 新潟市に住む孫が1昨年の村上大祭の夜店で釣った金魚2匹が5月末に産卵し、1週間前に孵化した。いま大量の稚魚がボウフラのように泳いでいる。さらに同じ金魚が6月19日、20日と2回目の産卵をした。
 3週間後には「村上大祭」だ。昨年、数年ぶりに参加して感動し、居住町内の法被(はっぴ)をつくると宣言したのに、染物屋の店先には早々と「大祭の法被注文締め切りました」の張り紙。法被新調は来年に持ち越しとなった。

 参議院選挙が公示された。新潟県では野党統一候補に森ゆうこ氏が決まった。与野党逆転の可能性が高い注目選挙区だ。先夜、森ゆうこ氏を迎えて、地区の総決起大会がおこなわれ、<むらかみ9条の会>としてあいさつをした。歴史的な政治変化の胎動を感じている。今日6月23日は沖縄「慰霊の日」。初めて行った沖縄を思い出す。28年前の夏の終わり、じっとりと汗ばむ暑い日だった。選挙結果は沖縄の明日にもつながる。蒸し暑い梅雨の中の熱い選挙戦だ。
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 書評を読んで気になっていた本を購入した。宮下奈都著『羊と鋼の森』(文藝春秋)。羊の毛を固めてつくるフェルト。フェルトでつくられたハンマーで弦をたたいて音を出すピアノ。弦は鋼でつくられている。ピアノの調律師が主人公の小説だ。
 高校への通学路に「石崎米穀店」という米屋があった。登下校の時、2階からピアノの音が聞こえることがあった。どんな人が弾いているのだろう。ピアノの音は、それを弾く人への憧れを抱かせる。
 『羊と鋼の森』は、まだ4分の1ほど読んだだけだ。どのような展開になるのかどんな結末なのかはわからない。ただ主人公に<どんな音を目指しているか>と聞かれた先輩の調律師が引用した、小説家原民喜の言葉がいい。「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」。文体を<音>に置き換えたものが目指している音なのだという。
 誰も弾かないわが家のピアノは30年も調律をしないままだ。ピアノが堪らなく不憫に思えてきた。
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by yoyotei | 2016-06-23 08:25 | Comments(0)  

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