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酒場の怪談

emiさんようこそ僕のブログへ
おとうさんが亡くなられたのが46歳だったと聞き、あらためて早すぎた旅立ちと、時の経過に深い思いにとらわれました。生きておられたらと思うのは僕の感傷でしょうか。
emiさんの許可をいただいたので、あの「酒場の怪談」をここに再掲します。

*このエッセイは、五年ほど前から当地のミニコミ紙に連載していた『にんげん曼荼羅』の中の一 篇です。
   若干、文章の手直しをしました。


   にんげん曼荼羅(07/7)
 
                     酒場の怪談

 少女はゆっくりと店内を見まわすと、二階席に上がる奥の階段に視点を据えた。
 やがて小さくうなずくように階段を数え始めた。
 「下から九段目のところに男の人が座ってこっちを見てるよ」
 静かに少女は言った。
 鳥肌が立った。
 隣に座っている両親にも、もちろん私にもそんな姿は見えない。
 客は少女と両親の三人だけである。

 少女の祖父は三十数年前の村上では、めずらしく洒落た人だった。
 ブームが到来する前からワインに精通し、ヨーロッパからの輸入食品や洋酒をたしなむ人だった。
 私が店を持ったときには、高価なコニャックを持参して祝ってくれた。
 長身痩躯、穏やかな風貌、正義感を内に秘めた優しい語り口調が魅力だった。
 その彼が心の中に大きな苦悩を抱えていることなど想像すらしなかった。
 まして、若かった私が彼のまともな話し相手になれずはずもなかった。
 突如として、彼は自らこの世を去って行った。妻と二人の娘が残された。
  
 数年が経過して彼の長女は私の店の常連になった。
 長女との会話には、彼女の父が登場することが多かった。父への思慕の深さが感じられた。
 長女は結婚して一人の娘の母になっていた。
 娘は切れ長な目をした色白の少女に成長して、ときおり両親と一緒に来店するようになった。
 少女の母も、そうして亡くなった父親と私の店に来ていたのだった。 
 店の小さなアイドルになっていた頃、少女は奇妙な行動を見せるようになった。
 両親と並んで歩いていると、突然ひょいと身体をひねって何かを避けようとする。
 前から人が歩いてきてぶつかりそうだったから、というのである。
 両親にはなにも見えない。

 冒頭の話は、「この店にはだれかいる?」と、その頃の少女に聞いたときのことだ。
 鳥肌がおさまって、私は口を開いた。
 「その男ってどんな人?」
 声は少し震えていたかもしれない。
 少女はふたたび階段を見つめた。そして、言った。
 「だいじょうぶ、怖い人じゃあないよ。いい人だよ」

 子どもは、大人には見えないものや感じないことを鋭敏に察知するという。
 少女時代には特にありがちだとも聞く。
 私は、少女が見た人は彼女の祖父だったのではないかと思う。
 祖父は店の階段から、娘とその夫、可憐に育っている孫娘を見つめていたのだ。 
 穏やかに笑みを浮かべた表情が、少女に「いい人だよ」と言わせたのだ。
 
 生前の祖父を知らない少女。
 彼女がもう少し細かく観察していたら、その「いい人」はブランデーグラスを掌で温めていたはずで
 ある。
 

*このエッセイの中の少女はsayakaさん。その母がemiさんです。
  現在、村上市内で「石亀」というお店を親子で営業されています。
  「いい人」の夢を、娘と孫娘が実現させたのです。
  不況の中の師走、がんばろうね!
 
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by yoyotei | 2009-12-09 19:19 |