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大滝友和さんのこと

昨日、著者ご本人から冊子が届けられました。
著者は大滝友和さん、書名は「忠敬測量物語」です。

大滝友和さんとの出会いはちょっと笑えます。
もう20数年前になるでしょうか。
僕が小学校のPTA役員をしていたときに、ある小学校で地域教育に関連した集会がありました。
意見を述べる役割を与えられた僕は、早めに会場へ行き、「発表者控室」と掲示された部屋に入りました。
発表者の応対をする係りが大滝友和先生でした。彼は僕の顔を見ると、怪訝な表情を浮かべました。
「ここは発表者の方の部屋ですよ」
「僕は発表者です」
「え?どちらの」
「村上南小学校の」
「南小学校の会長さんですか?大変失礼しました」と、こんな風なやり取りがあったのです。
もっとも彼に罪はありません。当時の(今もです)僕はヒゲ面でしたから、一度も面識のない彼が胡散臭く感じたのも無理はありません。

以来、僕の店にもちょいちょいと顔を見せていただくようになりました。夫人もPTAの役員を引き受けてもらいました。その当時、夫人は娘の愛子ちゃんを、会議のたびに連れてきておられました。その愛子ちゃんも先年結婚されました。

大滝友和さんは、小学校の歴史授業に、郷土の歴史を生かすことに取り組んでこられました。彼が、その都度、冊子としてまとめた書名を一覧すれば、その積極的な取り組みはあきらかです。
「わが故郷の松尾芭蕉/中村ニ宿ス考」「わが故郷の松尾芭蕉/村上二泊考」「粟島見聞録」「続粟島見聞録」「米沢街道紀行」「関谷学園資料編」「義経伝説」
そしてこの度の「忠敬測量物語」です。
僕のような門外漢にもかかわらず、刊行のたびに届けていただきました。

冊子に添えられていた「あいさつ」の末尾に以下のように記されてありました。
「去る、10月5日、父が82歳の命を閉じました。人に対する謙虚さと芯に秘めた強さを教えてくれた父でした。私の冊子作りには最大の理解者だったのです。謹んで、本冊子を亡き父にささげます」

大滝友和さんは、来年3月定年退職されます。
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by yoyotei | 2009-11-23 21:38 | Comments(7)  

夭夭亭

35年前の今日(勤労感謝の日)、僕の店が開店しました。
開店準備に追われて、電話を引くのが間に合わず、新聞の折込チラシに「電話まだありません」と入れました。それが印象的だったと来店された人もありました。
間に合わなかったのは電話だけではありませんでした。実は店名も間に合わなかったのです。そこで命名したのが「有人島(ゆうじんとう)」です。東京在住の知人に案内されたことのある、赤羽の小さな店の名前を無断で拝借したのです。すべての内装を店主が自分でやったというところが、僕は気に入ったのです。

数年後に店名を「夭夭亭(ようようてい)」としました。保健所に届けをしたときに担当者から、店も経営者も同じなのに店名だけを変えるというのは前代未聞だといわれました。

さて、「夭夭亭」です。
中国最古の詩歌集「詩経」のなかに「桃夭」という詩があります。

「桃の夭夭たる 灼灼たるその華 この子ゆき帰(とつ)がば その室家に宜(よ)ろしからん」
(わかわかしい桃の木。つやつやしたその花。〔そのように美しい〕この娘はお嫁に行ったら、うまく家庭に調和しよう)(『中国詩人選集 詩経国風(上)』 注者/吉川幸次郎 岩波書店)

詩はまだ続きますが、この詩の「夭夭」から採られています。命名者は僕ではなく、八木三男という方です。
八木三男先生は京都大学文学部を卒業された後、当地の高校で教鞭を執られました。その後早期退職をされて東京大学教育学部の研究生となり、「にいがた教育研究所」を設立されました。
島根県生まれの僕が、当地に来て大いなる薫陶を受けた方です。

八木三男先生は昨年1月に永眠されました。享年75歳でした。無宗教者で、墓もつくらない彼の遺骨は、友人や知人、家族によって世界中に散骨されています。
昨年、僕も先生の遺骨を、インドのガンジス川に流してきました。朝ぼらけの中、船で川の中央部まで行き、現地で売られていた花とともに、遺骨を川に流している間、老いた船頭は船を漕ぐ手を止めて静かに見守っていてくれました。

今年1月、僕の店で先生の一周忌がありました。朝から降り続いた雪は除雪車が2度も出動するほどでした。雪の中でも、黄色の花を咲かせる蝋梅。夫人が庭から手折ってこられたその花の香りが店を満たしました。
先生の命日は「蝋梅忌」と命名されました。
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by yoyotei | 2009-11-23 20:32 | Comments(2)  

Please come again

ユウヤさん
土曜日の夜はこちらこそありがとうざいました。楽しかったのは、僕の方でした。次回はダイレクトに来てください。ゆっくり、じっくり盛り上がりましょう。
ユウヤさんとバックパッカーの話をできたのがなによりでした。
以前は、ALTの人たちも大勢来店してくれていましたが、最近はそれほどでもなくなってさびしい思いをしていました。久々の若い外国人たちと接して、僕のコスモポリタンの血が騒ぎました。

今のところ、ブログに写真を掲載する方法がわかりませんが(基本的にアナログ人間で、ブログ開設1ヶ月の初心者です)、いずれここに掲載するかも知れません。いいでしょうか?メーガンと仲良くね。

ユウタロー君、受験頑張ってね。目的意識が明確で、頼もしく感じました。

ブライアンは、日本風にいえば「草食系」という感じ。しっかりとマリアについて行きなさい(Just kidding)。
ジェニファー!ジャマイカの人だと思ってしまいました。ごめんなさい。前にジャマイカ出身のALTの歓迎会とお別れ会が僕の店でありました。ジャマイカのラムを用意したり、ジャマイカ風のカクテルを準備していたら、彼女はまったく酒を飲まない人でした。でも、ジェニファーは飲める人だし、また今度ね。

ひでさんも呼ぶからね。

Please come again.
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by yoyotei | 2009-11-22 21:48 | Comments(1)  

食文化

あゆさん、早速のブログイン(?)ありがとう。歓迎、歓迎、大歓迎です。少しづつですが、このブログがにぎやかになって嬉しいかぎりです。
そう、「蛸」はおいしい。捕獲したら食べてあげる。これは功徳であり、生きとし生きるものの食物連鎖の運命です。
もっとも、萩原朔太郎は、詩人としての才能が枯渇する恐怖を、自分の脚を食べつくして消滅する蛸に重ねたのではないかと思われます。

ところで、私たち日本人は新鮮な魚や生きている魚を見て、「うまそうだな、刺身にしたら最高だろうな」など思ったり言ったりします。肉食文化が広がってはきても、牧場の牛を見て「ステーキにしたらうまいだろう」とか、豚舎でブヒブヒ鳴いてる豚を見て、急にトンカツが食べたくなるということは、まあありませんよね。
しかし、肉食中心の食文化で育った人たちは、生きた牛を見て食欲を刺激されると、聞いたことがあります。
本当かどうか、今度確かめてみます。

そういえば、トンカツ屋さんの看板で、コック帽をかぶったかわいらしい豚さんが、ナイフとフォークを持って、ペコちゃん人形のように舌を出して「うまいトンカツだよ。どうぞ食べていってください」と言っているようなのがありました。
考えてみると、笑えないよね。
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by yoyotei | 2009-11-22 19:42 | Comments(1)  

蛸と酒

しんちゃんの友人が蛸人間だと聞いて、萩原朔太郎の詩を思い出しました。タイトルも「蛸」だったと記憶していますが、違うかもしれません。散文詩なので内容しか覚えていません。

水槽の中に一匹の蛸が入れられています。餌を与えられない蛸は空腹に耐え切れず、あるとき自分の脚を食べてしまいます。そして次の日も、また次の日も。蛸は自分の脚を食べ続けます。すべての脚を食べつくしてしまった蛸はどうなったのでしょうか。
詩の結末は、蛸は水槽の中で忽然と消えてしまった、とありました。

「生きるということは、己(おのれ)を喰らうことだ」との、萩原朔太郎の思いが伝わってきます。
重体だった蛸人間さんは、回復されてよかったですね。彼はまだ自分を食いつくしてはいなかったのです。
彼には自分を生きさせる命の糧が貯蔵されていたのでしょう。

酒が飲めなくなった蛸人間にくらべて、どうやらかなりの酒好きらしい洋子さん。
どうぞ、ふらっと飲みにおいでください。夭夭亭は洋風の店ですが、地酒はおいてあります。当地には極上の酒があります。お望みなら濁り酒も用意しますよ。飲み仲間も呼び集めましょう。女性一人だって気にすることはありません。近くには日本海に面した「瀬波温泉」もあります。
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by yoyotei | 2009-11-21 19:55 | Comments(1)  

憂愁のパリジャン

忘れていました、「通好みのイケメン」。
しんちゃんをビジュアル的に表現するのは難しいのですが、「振り向いたモンゴル人」なんていうのはどうでしょうか。
「憂愁のトルコ系パリジャン」とか。
でも、やはりしんちゃんは「含羞の猛者」「心優しい勇士」、そして「永遠の求道者」。
かっこよすぎるか?

ところで、ずいぶん前だけど、しんちゃんと一緒に飲みに来て、いつの間にか消えてしまった人がいたよね。覚えていますか?
「変なやつだから、トイレの窓からでも出て行ったんですよ」
そして、しんちゃんはトイレの窓を確かめに行きました。
「これくらいの窓ならあいつは出て行きますよ」
しんちゃんは、そう言いましたが、僕は今でも彼は煙のように消滅したのだと思っています。
だって、あれ以来彼を見ていないのですから。

ということで、今回は酒飲み百態、酔っ払い百態。

その①
中年の女性二人組。一人は地元に住んでいる僕の知人で、お連れさんはひさしぶりに帰郷した彼女の友人。
陽気な酒で飲むほどに二人のテンションが上がっていきます。
突然、お連れさんがカウンターの椅子から、ズルズルッと崩れ落ちました。驚いて声をかけても応答はなく、床の上にのびてしまった状態です。知人はさほど驚いた様子もなく、「しばらく寝かせておけば」。
「いいのかな」と僕。
やがて、閉店時刻。お連れさんはマグロ状態で床に横たわったままです。
「家族でも呼ぼうか?」「だれもいないの」
タクシーを呼びましたが、さすがに断られました。
しかたなく、バイトの青年と僕とで、店から500メートルほどだという住居まで運ぶことにしました。僕も飲んでいるので車は運転できません。背負おうにも正体をなくした中年女性。どちらかというと肥満タイプ。どうにもなりません。一人が上半身を抱え、一人が脚を持って運ぶことにしました。
丸太ならまだいい。しかし、正体のない人間は丸太よりしまつが悪い。彼女の重い腰が沈んで、地面を引きずり状態です。しかも、徐々に衣服がめくれて下着まで露出してきます。見かねて知人の女性が直します。
深夜の路上を、引きずっては道端に横たえて衣服を直し、僕と青年は荒い息をついて汗をぬぐう。
何度もそれを繰り返した頃、パトカーが通りかかりました。
急停車したパトカーから、ふたりの警官がバタバタと駆け寄ってきました。
「なにをしているんだ!」警官は血相を変えて詰問します。
それはそうでしょう。深夜の路上に衣服を乱した女性が横たわり3人が取り囲んでいるのです。
まあしかし、事情を話せば警官も納得。しかし、そういうときにパトカーは運んではくれないのですね。
翌日、店に行くとドアの取っ手に菓子折りがぶら下がっていました。
「お世話になりました。重かったでしょう」のメッセージを添えて。

その②
何度か来店していた、こちらは50代のちょっとわけありっぽいカップル。ふたりとも寡黙で、とくに男性の方は、ほとんどしゃべりません。
その男性が、何を思ったか靴を脱ぐとカウンターの上にあがりました。カウンターの上には電灯がぶら下がっていますが、男性は器用にそれを避けながら踊り始めたのです。ちょうど阿波踊りのように中腰になって両手を右に左にかざします。しかし、それでも男性は無言なのです。彼の耳にだけ阿波踊りの熱狂が聞こえているようなのです。僕も周りの客もあっけにとられるばかりです。
しかし、さらに驚いたのは連れの女性の態度でした。普通であれば彼を阻止するでしょうに、顔色ひとつ変えないで、踊る彼を見るでもなく平然としているのです。
僕の短くない飲み屋稼業の歴史の中で、カウンターに上がって踊ったのは彼一人です。
おそらく、その男性は酒を飲むとそうした癖を披露することがよくあったのでしょう。連れの女性はそれを知っているから平然としていたのでしょう。
でも、酒場のカウンターの上ですよ。陽気な酒飲みなら手拍子のひとつも出たかも知れませんが、陰気な人でしたから、ちょっと気味悪かったのも正直な気持ちでした。

酔態百話、まだまだ続きます。客の酔態だけでは不公平なので、いづれは僕自身の恥ずかしい話も。
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by yoyotei | 2009-11-19 22:56 | Comments(2)  

しんちゃんあれこれ

意外と内弁慶だというしんちゃん
僕はしんちゃんの武勇伝をたくさん聞いていますよ。もちろん、繊細な気配りをする人だということも知っています。空手の先生をしていること、あっ、ばらしてしまった!
「野蛮な純情派」「偽悪者ぶる善人」「越後田舎の都市的紳士」「恐妻家の家庭人」
しんちゃんを形容するフレーズが、つぎつぎと浮かぶのはなぜだろう。
ばらしついでに、にっしーさんは、僕の高校の同窓生です。
にっしーさんの「アフリカは?」という、しんちゃんへの問いかけはどういう意味なんでしょうね。

実は僕もアフリカには興味があるのです。
1991年にインドへ行く前、選択肢のひとつにアフリカもあったのです。
昨年のインドに同行した一人は、キリマンジャロにも登ったことのある人です。
その人の「アフリカ(このときはケニヤ)は交通の便が悪いよ」という一言で選択肢からはずれたのです。
この人のことはいずれこのブログで紹介することになると思いますが、イングランドを南端から北端まで歩いたり、日本100名山をすべて登攀したり、信濃川を河口から源流まで歩いたり。
つい先日は、青梅街道を何日間にわたって歩いてきたと言ってました。
当地でウォーキング愛好会「村上野道クラブ」を主宰しています。
先日、彼にこのブログ開設を知らせておきました。登場を期待しています。
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by yoyotei | 2009-11-18 22:50 | あれこれ | Comments(2)  

角瓶、そしてインド

しんちゃん 先日は「サントリー角瓶」、発売当初の復刻ボトルありがとう。もうほとんど残っていません。僕が飲みました。「壽屋」、なつかしいですね。かつて酒場ではこの角瓶がカラになると、瓶の模様の筋に沿ってアイスピックで縦に穴をあけて、貯金箱にしたものです。「アイスピック」。僕の店にももうありません。酒場ではブロックの氷をアイスピックで割って使うのが、40年前は当たり前でした。製氷機などありませんでしたから。
復刻ボトルで忘れていたことを思い出しました。

そういえば、角のハイボールは全国的に流行っているようですね。小雪さんがテレビCMで「新潟の夜は角ハイ」とやっていましたが、あのCMは全国でやっていたのですか?僕は新潟だけだと思っていました。もしかすると、「神戸の夜は角ハイ」「青森の夜は、松江の夜は、秋田の夜は」などと、ご当地版CMがあったのでしょうか。

ところで、「酎ハイ」が居酒屋で定番の飲み物になっていますが、あれは焼酎をソーダで割った「焼酎ハイボール」の略ですよね。ウイスキーをソーダで割ったものが「ハイボール」。
半世紀前は「ウイスキーはハイボールに始まってハイボールで終わる」と、通人は言っていたものです。
酒にも流行りすたりがありますが、焼酎をウーロン茶で割って「ウーロンハイ」なんて言うんじゃないよ、とおじさんは思います。「ウーロン茶割り」というのが自然でよろしい。

「壽屋」というと、作家の開口健を連想します。彼は若い頃、壽屋の宣伝部にいたんですよね。
開口健の文章はすばらしい。多様なジャンルがありますが、大阪・新世界界隈での、モツの煮込みだったか、牛筋の煮込みだったかを描写した文章を読んだとき、よだれが出そうになりました。言葉の魔術師だと思いました。
近頃は食べ物の写真などでも、湯気が立ち、匂いまでも伝わってくるようなものがいくらでもあります。しかし、文章による描写がそれらを超えることを、開口健は証明しています。

登美ちゃん 娘さんの鼻ピアス。びっくりしたでしょうね。
「ヘナ(ヘンナ)」というのを知っていますか。植物から採取した天然染料で最近は、日本でも頭髪染料として売られているとも聞きましたよ。
インドでは、そのヘナで女性が手足に模様を描くことが伝統的なおしゃれとして普通です。
昨年、インド土産に持ち帰って、来店する女性客に描いてあげました。10日くらいで消えてしまうというのが、タトゥ(刺青)感覚を体験するにはいいようで好評でした。インドには、そのデザイン画のようなものもありますし、ヘナ師とでもいうような、客の手足に描く専門家もいます。
でも、鼻ピアスはさすがにびっくりしますよね。娘さんの鼻の穴はふさがりましたか?
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by yoyotei | 2009-11-18 21:53 | | Comments(0)  

今日、入籍をされたカップルが今夜のメインゲストでした。再来週、私の店で二人の祝婚パーティをするのです。
寒い夜でしたが、店内は暖かい空気に包まれました。僕も調子に乗ってギターや三線(サンシン)を弾いて歌いました。カップルが新しい旅立ちをする、その覚悟をお互いが確認しあう。僕はそのことを一緒に喜びたいと思います。
結婚して、しかしその先のことは、誰もわからない。どのようなことが待ち受けているのか。
でも、それは生きている限りみんな同じこと。
「喜びも悲しみも立ち止まりはしない。巡りめぐっていくのさ」(河島英五「生きてりゃいいさ」)
今日歌った歌詞の一節です。

カップルから、二人で行った北海道旅行のお土産をいただきました。小樽のガラス細工、焼酎のお湯割りグラスでした。すばらしく趣味のいいものでとても気に入りました。

11月23日勤労感謝の日が、「夭夭亭」の誕生日です。いよいよ、37年前目に入ります。
37年目に入った最初のパーティが、祝婚パーティ。しかも、いろいろある店の中から僕の店を選んでくれたことがとても嬉しい。
いいパーティにしてあげるからね!ご馳走いっぱいつくるからね。

嬉しい気持ちで来店する客。さみしいから来る客。居場所を求めて来る客。酔っ払って何処に来ているのかわからない客。いろいろですが、まあ、いいでしょう。
酒飲みは百人百態。酒はその人をあぶりだす自供薬。
今夜は嬉しくて、僕が飲みすぎました。
インド話もいいけど、今度は酒の話、酒飲みの話をします。
ウイーッ、酔っ払った。オヤスミナサイ。
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by yoyotei | 2009-11-18 02:10 | | Comments(1)  

プーラン・デヴィ

西村洋子さん
過酷な生い立ちから政界に進出した女性。もしかしたら彼女はプーラン・デヴィのことではないでしょうか。まちがっていたら、ごめんなさい。
彼女は低カーストに生まれ、さまざまな地域的、個人的な虐待を受けて、後にダコイットと呼ばれる盗賊集団に加わります。彼女のことは「女盗賊プーラン」という本に詳しく書かれています。
殺人容疑で警察に追われ、投降して獄に囚われますが、恩赦を得て釈放されます。1996年、選挙に立候補して当選。国会議員になります。読み書きもまったくできなかったプーラン。
彼女は、ある日議員会館から出た所で、銃の乱射を受けて命を落とします。事実です。

山際素男氏にダコイットについて書かれた著書があります。プーランのことは出ていませんが、ダコイットの調査報告としては、僕の知る限り優れたものだと思います。さらに、インドの低カーストの実態、アウトカースト(不可触民)をハリジャン(神の子)と称して、差別を認めないとしながら、ヒンドゥー(ヒンドゥー教)から離脱できなかった、マハトマ・ガンディーに、現在も批判的な人々の聞き書きもあります。前者も後者も書名は自宅に帰らなければわかりません。
数年前に山際氏が当地に、葬儀社主催の講演に来られた事を後になって知りました。とても残念な思いをしました。

人間が人間として尊重される。インドはそのことを、今も「反面教師」として、僕たちに突きつけてきます。
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by yoyotei | 2009-11-17 00:49 | Comments(0)