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初夏の人模様

  東日本大震災から3ヶ月になる。季節は日々自然の装いを新しくし、命を輝かせる。そこに被災者への思いを重ねて複雑な感傷を抱いているうちに、4月が過ぎ5月も去った。自宅近くの寺院の背後に細く広がる山居(さんきょ)山も、すっかり初夏の様相だ。連休明けからは筍(タケノコ)を採りに、その山に何度も通った。新潟市に住む次女と孫娘をともなったこともあった。
 この山は古くは近辺に住む人たちの薪炭林だったらしい。「踏み分け道」もなくなった山を、数年前から元営林署の職員を中心に山道整備がおこなわれている。現在では軽い山歩きができるようになった。一部は竹林になっていて、この時季には筍の宝庫となる。わずかな時間で大量の収穫だ。収穫してすぐにゆでるとアク抜きをする必要がない。2時間以内というのが肝心らしい。
 ところで、筍にはなにか栄養があるのだろうか。うまいし好きなのだが、栄養があるとは思えないのだ。癌の予防になるとの説もあるようだが・・・。 
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 癌といえば煙草をやめてから8ヶ月が過ぎた。先日、煙草を吸う夢を見た。アッと目覚め、夢だと気づいてホッとした。
 
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 海岸では釣りシーズンが到来した。ここのところ、岩やテトラポッドの隙間にひそむソイなどのロックフィッシュと呼ばれる魚を狙っている。「ググッ」と引き込む快感がたまらない。釣り場が近いので、朝昼夕方と何度も出かけた。「アンチョビ」用に作ってあるカタクチイワシの塩漬けが格好の釣り餌になる。
 もうすぐキスも釣れはじまる。

 
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  元気でさわやかで頼もしくて・・・。「村上ファイアファイターズ」の男たちである。東日本大震災から、あれは何日目だったろうか。瓦礫の中からの奇蹟の救助が、テレビや新聞で報道されたが、そのなかに「村上消防」のヘルメットが映っていた。災害派遣に駆けつけたこの男たちの仲間なのだ。
 
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「生き先案内人」としてこのブログで紹介したことのあるMastuiさんが左の人だ。高校教員を定年退職し、僧侶のかたわら「いのちの電話」の相談者として、人生で追いつめられた人たちを支えている。「いい顔になりましたね」というと心から喜んでくれた。ほんとうにいい顔になった。
 右は幼馴染だとのこと。この人も市役所を退職して・・・。いい顔です。

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 現在はJA新潟厚生連瀬波病院になったが、以前は新潟県立瀬波病院だった。その当時の女医や看護士などの職員さんたちの、いわば同窓女子会だ。
 昨年の暮れに「トムヤムクン」の予約を受けていながら、すっかり忘れていた私の不手際を責めもしないで、その時のメンバーが来てくれた。ありがたいことである。もちろん今回は忘れることなく「トムヤムクン」を供した。この地では入手できない「香菜(シャンツァイ)=コリアンダー」は種をまいたが、この日には間に合わなかった。

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 旧村上藩士の末裔なのだというNagaoさんは、プロのギタリストだ。以前、市内でコンサートも開催された。その時の来店以来であった。彼がスペイン語で歌う「コーヒールンバ」は圧巻である。この夜も、私のリクエストに応えてもらった。

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 左は瀬波温泉のホテルに勤めるHonmaさん。右はその瀬波温泉出身で、ここのところアクティブに事業を展開しはじめたWakimotoさんだ。わが家のご先祖様であるシーズーの「ポポ」はこのWakimoto家からやってきた。ポポの血統は絶えたが、以来シーズーの可愛さから逃れられないでいる。
 Honmaさんはこの夜、初めての来店だったが、数日後また来てくれた。長期の景気低迷に加えて、東日本大震災による客足の減少。なかなか厳しいですね。
  
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 左からHattoriさん、Hidebou、Odaさんの仲良し幼馴染の3人組だ。3人それぞれがまったく違う個性の持ち主で、ほとんど交わる部分はないのでは、と私は思うのだが、そこがまた人間の妙味なのだ。ちょっと遅めの結婚だったが、Hidebouもパパになった。
 人生のつくり方も三人三様だ。

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 こちらも同じ町内の幼馴染。左のShinyaさんは銀行員をやめて伝統工芸村上堆朱の家業を継いだ。右はIchiokaさんで、このブログで以前にも紹介したことがある。
 来月はいよいよ伝統の村上大祭だ。2人とも物心がつく前から祭を血肉にして成長してきた。もう心ここにあらずだろう。久々のお二人さんツーショットだった。

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 女子会だと思ったら小学校のPTAご一行さまだった。女の先生と保護者のお母さん方のなかに一人のお父さんがいた。なんと十数年前に私の店で結婚式の二次会をしたのだ。その人がお父さんになってPTAの集まりで来てくれたのだ。
 奥さんは背の高いすらっとした美人で、二次会では私がインドから持ち帰ったサリーを着てくれた。


 本格的な雨にはならないが湿度が高い。アジサイのつぼみも膨らんできた。入梅が近い。朝は4時になると空が白んでくる。清々しさに誘われるのだろうか。早朝散歩をする人が増えたようだ。近所のOgataさんも歩き始めた。

 お隣の奥さんは透析を続けている。一時期、予断を許さない状況もあったが・・・。
「看護士さんにわがままなことを言うようになりましてね」
と、カナダから帰って来ていた息子さん。
 目の前で波に攫われていく命もあれば、強靭な命もある。
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by yoyotei | 2011-05-30 21:00  

私の大型連休

4月27日(水)
 午後8時37分、私にとっては6人目の孫が東京で誕生。三女の第二子だ。体重3,242g、身長50cmの女児。名前は誕生前から決まっていて杏(あんず)。前にこのブログで「杏(からもも)」さんという苗字のことを書いたことがあったが・・・。
 ところで孫6人というのは多いのだろうか。人口統計でも「平均孫数」というのは聞いたことがない。統計的にも社会学的にも意味がないのだろう。
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 上は誕生直後の杏の足。第一指と第二指の間隔がずいぶんと開いている。サルの足にも似ているようだが、成長にしたがって進化の過程をたどるのだろうか。




 
 下は、この春高校生になった一番目の孫の誕生直後に買ったサンダル。14年前にニューデリーの街角で見つけた。履いたことがあったかどうか、いずれにしても歩ける頃にはもう小さすぎる。




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c0223879_20414485.jpg 4月29日(金・昭和の日)
 土浦市から今井健治さんが来店。3年前に亡くなった八木三男先生の弔問かたがたの来店だった。追悼文集の私の文章を読んだのがきっかけだそうで、持参された追悼文集の私のページには多くの書き込みがしてあった。今井さんは退職される前、ある出版社に勤務されていたということで専門家なのだ。冷や汗ものである。そういえば八木三男先生からも「インド曼陀羅」などのエッセイの添削がファックスで送信されたことがあった。「頼みもしないのに・・・」と思ったが、指摘されるとおりなのでお礼をいうほかなかった。 話していて今井さんとは初対面ではなかったことが判明した。かなり以前のことだが、東京大学でマルクス経済学を講じておられた宮川實先生を海釣りに案内したことがあった。そのとき同行されたのが今井さんだったそうだ。80歳を超えておられた宮川先生の身体を、突堤の上で支えながらサヨリを釣った。釣果はそこそこだったが、「もっと大きい魚を釣りたいですね」というのが、歩くのもおぼつかない宮川老教授の釣行後の弁であった。
 下の写真はたまたま店で今井さんと遭遇した常連さん。カールとカールママさんを除いては、八木三男先生の教え子たちだ。

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4月30日(土)
 名古屋からMariさんがやってきてTogashi君とまたもや同伴来店。Mariさんはこの日、初めてTogashi君のお母さんと会ったのだそうだ。「こんな男でいいんですか?」とお母さんが言ったとか・・・?来年の今頃は夫と妻になっている。Togashi君があまりにも手放しでのろけるので画像を鉛筆画にしてやった。ザマアミロなのだ。でも、Mariさんは私にガンガン水割りをつくってくれる。また飲みましょう。

 2人にくらべてこの男たち。左奥からKuriyama(独身)、Itoho、Kaga、Hayasi(独身)の各氏。全員40歳になった。Kagaさんは現在2度目の結婚、千葉から帰郷したItohoさんは既婚者だと聞いたように思うが・・・。
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Itohoさんのこの顔を見ていたら、既婚者というのは嘘のような気がしてきた。それにしても金運や結婚運はどうしてこのように偏在するのか。私の知人には3度目の結婚をした医者がいる。
 Kuriyamaさん、Hayashiさんあきらめずにがんばれ!結婚したいという意志を素直に表現することが大事だと思うが、出会いがないとなあ。
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5月1日(日)
「生活と健康を守る会」の昼食会に参加。生活困窮者や独居老人、またそういう人たちを支援している人たちの集まりだ。私は会員ではないが数年前から案内をもらい、参加するようになった。
 わずかな会費で昼食と飲み物、もちろん酒もあり温泉もあり、カラオケもあって、和気藹々(あいあい)とした会である。

 2次会は5人でトイプードルのカールと二人暮しのカールママこと、Yukoさんの家へ。飲んでいるうちに一人の青年が暴れだした。みんなで押さえつけたりなだめたり、最後は警察を呼んだりとちょっとした騒ぎになった。そういう癖のある男だという。この日は、夕方から雨になった。騒ぎは雨の野外で展開され、全員ずぶぬれの泥だらけ。
「死んだ夫がああいうタイプだった」という元看護士の女性もいたりして、最終的に男の処理はその彼女にゆだねた。
 この騒ぎで私の左目は殴られた後のようにパンダ目になった。暴れ男の肘か腕かが当たったのだろう。カールママも両の二の腕が赤く痣状になっていた。小柄な身体で果敢にも男を押さえつけていたのだ。

2日(月)店を開けたが客は来ない。10時過ぎに閉店する。
 
3日(憲法記念日)
 「魚まつり」が東日本大震災による自粛で中止になった。「魚まつり」は村上市北部の寝屋漁港で開催される漁師主催のイベントだ。船上で漁師がつくる味噌汁や甘エビの刺身、茹でガニなどをふんだんにご馳走になる。また、大安売りの魚介を購入して、海岸での野外大宴会というのが、仲間の恒例になっていた。もう20日回近い開催だったはずだし、人気のイベントだったのに中止は残念だった。大震災の後、早々と中止を決めたが、同じ海の男達が被害を受けたのだ。気持ちはわからないでもないが、元気を届ける意味でも開催して欲しかった。

 しかし、私たち恒例のメンバーは自粛ムードを吹き飛ばすべく独自の海岸野外パーティーを開催した。メンバーは「肉兄さん・肉姉さん」と呼ばれる「川村肉店夫妻」「外科医とその妻」「元市役所職員とその妻」「建設会社社長とその妻」「地酒『大洋盛』の製造部長」「退職間近のNTT職員」「『居酒屋石亀』のママならぬババ」、そして「私たち夫婦」の面々。今回、食材は魚ではなく「川村肉店」提供の肉やハム。また外科医の妻Yukoさんは「熊汁」を振舞ってくれた。たっぷり時間をかけて煮ると熊肉もやわらかくなる。   
 例年はここに子どもや孫たちが加わって3倍を超える人数になる。昨年は参加40人を超えていた。だが、今回は申し合わせたようにすべて不参加。中高年だけの、だが元気いっぱいの野外パーティーだった。
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 二次会は建設会社社長の自宅。モダンな鉄筋コンクリートの建物は建設当時業界の大きな賞を受けたこともある。地下に30畳ほどのカラオケルームがあり、巨大なスクリーンや各種の音響設備はカラオケハウスをしのぐ。久しぶりに歌いまくった。
 私の「パンダ目」は妻に殴られたことにした。だれも疑わなかった。 

4日(水・みどりの日)『南米大陸一周165日の旅全5回一挙放送!』▽熱帯雨林・空中都市マチュピチュへの道▽アンデスを駆ける純白の大地ウユニ塩湖▽世界最南端都市▽イグアスノの滝▽歓喜と哀切のブラジル・リオカーニバル▽アマゾン・ジャングルツアー!▽地球最後の秘境ギアナ。
 新聞の番組欄を書き写すだけでもドキドキするが、このNHK番組を朝の9時30分から夕方5時まで7時間30分間見続けた。

5日(木・こどもの日)『アフリカ縦断114日の旅全4回一挙放送』▽灼熱の砂漠を越えて▽知られざる古代文明▽緑あふれる大地を行く▽世界遺産キリスト教聖地▽野生の楽園とキリマンジャロ▽タンザニアから南アフリカへ▽カラハリ砂漠の宝石▽喜望峰へ・・・。
 こちらも朝の9時30分から7時間。
 いづれも前に見たことのある番組の一挙放送なのだ。
 荷台を客席に改造したトラックで、自炊とテント宿泊を基本にしながらの旅のドキュメントだ。それぞれ20名ほどのツアー参加者は年齢も国籍も多様。南米では73歳、アフリカでは63歳が最高齢参加者だった。
 二日間、ビール片手に見続けた。両日とも妻は仕事で不在、娘や孫たちも今年は姿を見せない。これはこれで至福のときだった。そして、番組と一緒に旅をしたように疲れた。疲れのなかには「いいなあ、うらやましいな」という「ため息疲れ」がいっぱい含まれている。そして「家のローンが終わったら長い旅に出てやる!」と胸の中で叫んでいた。ローン完済まであと1年半だ。

6日(金)
 南米大陸とアフリカ縦断の旅の疲れで休業。10時過ぎに常連客から「マスター、休んでるの?」と電話。ちょっと稼ぎそこなった。

7日(土) 新潟市から次女と小学1年生の孫Koko、トイプードルのKyanが来る。海(笹川流れ)へ行く。わがナメロー君は自宅待機だがKyanは連れて行く。水を怖がらずについて来る。ずぶ濡れになっていた。小さい貝を獲る。
 夜は店を開ける。本格的農繁期への突入か、農業経営者のOtakiさん、Atushi君、Hideoさんが景気付けの余波で来店。Atushi君はパプアニューギニアへ2度にわたって農業指導に行ってきた農業青年だ。店の壁には彼の土産「コティカ」がぶら下がっている。山菜のタラの芽を持参、てんぷらにして食べる。
 「しんちゃん」も指導している空手の生徒が、国体予選を控えていて当分ご無沙汰になりそうだと顔を出した。「別冊宝島」の「原発特集号」を持ってきてくれた。2000年の発行だが、原発の危険性を大きく警告している。
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 久しぶりにMikaが顔を見せたが、Otakiさんに拉致されて別の店に行ってしまった。帰宅して次女と飲んだ。ビール5本がすぐに空になった。午前3時ごろ就寝。

8日(日・母の日)風も強く、あまり活動意欲が起こらない。Kokoは自転車にCyanを乗せて走り回っている。
 長女から「母の日」の花が届く。三女からは先日、カーネーションが届いていた。夕方、次女とKoko,Kyanが帰っていった。

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 この夜、隣家の奥さんが緊急入院。腎臓疾患で透析を受けながらの入院治療が必要だとは、元高校教師のご主人の教え子であるSega医師の説明。入院先は市内の総合病院だが、開業医であるSega医師のリードで高齢の恩師への支援体制を急遽立ち上げつつある。
 高知に長男が、カナダに次男がいるが、とりあえずは近くの者でフォローできるだろう。
 この冬頃から奥さんの姿を見かけなくて気になっていた。3月だったか、高知から孫の一人が婚約者を同伴した際に私の店で軽い宴を開いた。その時にも、元気がないなとは感じたが、それでも、つい3日前には村上絵手紙クラブ「創立16周年記念作品集」の贈呈を受けたばかりだった。
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 この日、鉢の植え替えを終えた。木立ちベゴニア、数鉢のシャコバサボテンなどなど。シンビジウムは順調に花を開き、花芽を膨らませている。デンドロビウムはどの鉢もほぼ満開。隣家との境では白いハナミズキが満開になった。わが庭ではレンギョウが終わってライラックが甘い香りを漂わせている。スノーフレークは群れを広げ可憐に開いた。ドウダンツツジは小さいちょうちんのような花を例年になく多くつけた。ル・レクチェも白い花が・・・。今年は実をつけるだろうか。この時季の庭は白い花が多い。
5月、ゲーテは歌った。

なんと目ざめるばかりに
自然の照りはえていることよ!
なんと太陽の輝いていることよ!
なんと野原のはなやぎ笑っていることよ!

枝という枝から
花がきそって咲き出でる。
茂みの中からは
数知れぬ歌声が。

(略) <ゲーテ/五月の歌(なんと目ざめるばかりに)から/高橋健二訳>

 以前のように隣家の奥さんがスニーカーでスタスタと歩く軽快な姿を見たいものだ。写真の絵手紙は彼女の作品だ。左の氷水には「ひといき入れて」の文字。そうです、病院で少し休んできてください。
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by yoyotei | 2011-05-07 10:42