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秋なのだ・・・。

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 新潟日報社から依頼されて書いた生活欄「甘口辛口」10回分の原稿料が、先日振り込まれた。あれこれ原稿は書いて、謝礼の物品をいただいたことはあるが、原稿料ははじめてだ。特別の気分に浸っている。
 一回分400字という字数制限も、慣れてくると感覚をつかめるようになった。読んだ人から「おもしろかった」といわれると、恥ずかしいが嬉しい。第1回「修行者」をここに再掲しておこう。2回目以降はこれからの気分次第で・・・。

『酒場を開いて40年近く、インドを中心にアジアを旅するようになって20年になる。どこへ行っても酒屋を探すが、飲酒をよしとしない伝統を持つインドで酒屋を見つけるのは容易でない。
 探し出した酒屋も高いカウンター越しのやりとりだったり、鉄格子で防護されていたりする。酒飲みは警戒されているのだろうか。
 それでも、経済成長の影響によるのか、」近年はニューデリーの酒屋前の路上に腰をおろして缶ビールを飲むことができるようになった。
 酒飲み男3人でガンジス河上流のリシュケーシュへ行ったことがある。修行者が集まる聖地であり、ヨガの道場も数多くある。そんな所だから酒屋はおろか、レストランには肉料理もない。わかっていたのに途中で酒を買うことができないまま聖地に着いてしまった。
 酒のない聖地の夜はとてつもなく長く、河を渡る風の音を聞きながら、男たちは寡黙になった。はからずも、その姿は修行僧のようだった。』
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 村上中等学校の女教師たちだ。カナダから来ているアデールさんを囲んでの食事会で、みんなの会話がほとんど英語だ。
 アデールさんは酒も飲み肉も食べて、スパイシーな料理をおおいに気に入ってもらったようだが、外国人のなかには菜食主義者もいるし、そんなときには工夫が必要になる。
 以前、やはり中等学校の外国人教師でジャマイカ出身の女性がいた。ジャマイカ産のラム酒を準備したが彼女はまったく飲まない人だった。
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 来年、結婚予定だというMasaki&Yumikoさんのカップルだ。Masakiさんは10年ぶりの来店だといい、ふたりは同級生らしいから、「アラ30」というところか。でも、初々しいカップルだった。あのカードマジック、練習して友人を驚かせてやりなさい。またおいでね。
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9月25日(日)は恒例の「村上・笹川流れ国際トライアスロン大会」が開催される。参加定員600人が早々と満員となった。遅くに申込みをした人たちの中には定員オーバーで参加できない人も出た。このShioya君もその一人だ。昨年も見事完走をして(このブログ「実況トライアスロン」を参照)、この大会参加はライフサイクルの一環になりつつあったのに残念だった。どうせならと、大会1週間前の休暇に村上にやってきた。夏の村上通いは学生時代から続いている。
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 日本の代表的な商社に勤務するふたりだが、Watanabe君は海外出張も頻繁にあるという。学生時代には世界中を旅してきた彼だけに、仕事としての世界戦略と、貧困、飢餓、紛争など、世界の現実をどのように受け止めるのか。この先、長く続く自分自身の命題だろう。
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 一晩目は朝の5時半までいっしょに飲んだが、二晩日は私の体力が続かず、午前1時でお開きとなった。
 昨年はマイケル・サンデルの著書を紹介してくれたShioya君だが、3年間付き合っていた女性から別れを告げられたという。今回は女と男はしょせん分かり合えないのでは、という話に発展していった。
「また来年・・・」と言い交わして別れたが、彼らと飲む度に1年が廻る。
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 トライアスロンも例年のようにMCとしてマイクを握るが、秋はそうした催事が多い。私が関わっているのでも上のポスターの講演会「原発問題と放射能の被害-放射能の汚染からいのちを守るために-」がある。先日は東京・明治公園で6万人規模の反原発集会があった。こうした大きな動きや世論が私たちのささやかな講演会を後押ししてくれればという期待もあるが・・・。講演後の質疑応答のコーディネーターを要請された。参加者100人が目標だ。

 10月29日(土)には代表を務める「自治体研究会」主催の「地域と暮らしを考える講演会」がある。講師に京都大学大学院の岡田教授を迎える。大事だと思うが地味なテーマだけに関心を集めるのは容易なことではない。

 先日、ほんとうにわずかだが定期預金が満期になった。予定していた支払いをするため解約しようとしたら印鑑がない。家中、店中探すだけ探したが見つからない。改印しようとしたら、紛失届を提出してから一ヶ月を経なければ改印はできないということだった。その間、自分の金なのに現金化できない。通帳を担保に妻から借金をする羽目になった。

 印鑑を探しながら、来信のはがきや手紙、名刺や写真など、あちらこちら乱雑にしてあったものを整理した。本も書棚にジャンル別に納めた。副産物として思いがけずに出てきたものも数々あった。
 次回のブログで思い出に浸ってみる。
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by yoyotei | 2011-09-23 09:31 | Comments(4)  

こうして人は・・・

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 <楽しく歩く>が「静岡山酔会」のモットーだと、いただいた会の名刺にはある。確かにYoshikawaさん(左)とMatsunagaさん(右)の会話や、二人が醸し出す雰囲気は、そのモットーそのものなのだ。しかし、登山歴30年で、アルプスやヒマラヤなど、国内外の登山遍歴の数々は積み上げて山となっている。テント宿泊をしながら、今回1週間ほどの休暇で、三つ四つの山に登るのだという。「山屋(やまや)」という呼称を教わるなど、はじめての飛び込み来店だったが、話が盛り上がった。
 それにしても、好きなことをやり続けると、人はこういう顔になる。特に男は少年の顔になる。本来、男は生活のために生きる動物ではないのではないかと、自分も含めて思ってしまう。Yoshikawaさんは現在失業中だと聞いた。ウーム達人なのだ! 
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 Emikoさんの葬儀(「童女昇天」)が終わって翌々日の食事会。妻に先立たれたKatsura先生は酒も飲まず、最後まで口数が少なかった。古今東西、万巻の書物に埋もれ、すべてに達観した仙人のような人も、長年連れ添った妻の死を受容するのは容易でないと見受けられる。「私が9歳も年上なのに、どうして・・・」と、いまだ嘆きが収束する気配はない。人間の真実の姿を見るおもいだ。
 昨日からヘルパーさんが来た。窓越しに言葉を交わした。いい人のようだ。
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 Shinji.Kikkawa&Miki夫妻である。夫婦二人三脚で町おこしをすすめている。Emiko&Katsura夫妻が仲人だった二人には、このたびの葬儀の受付をお願いした。
 この夜はMikiさんの4冊目の著書が上梓されたというので記念(?)の来店。著書については詳しく聞かなかったが、Mikiさんのような才色兼備の人を見ると、なにか欠点はないものかとそれとなく探す。おのれの浅ましさには辟易するが、立居振る舞いにしてから欠点が見あたらない。
 そのMikiさんが結婚前に「男を選ぶ50の条件」に照らして、すべて合格したのがShinjiさんというから、こちらとしては言葉を失って黙るしかない。
 9月15日から10月15日まで、二人も一緒になって運営する「村上町屋の屏風まつり」が開催される。参加店67軒が、伝えられてきた屏風を各家々に展示して見学者をもてなす。
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 客待ちの店で手すさびに絵筆をとる。客は増えないが絵の人物は増えていく。ここ数日で美人が一人増えた。おおそうだ!美人をいっぱい描いて客引きにしようか。「モナリザ」の例だってあることだし・・・。さっそくキャンバスを買いに行こう。夭夭亭が「美人の館」になるかも・・・。

 
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by yoyotei | 2011-09-10 23:15 | Comments(0)  

童女昇天

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「先生、私死んでいるの生きているの?」
 死の直前、彼女は医師に問うたという。医師のS氏は「大丈夫ですよ奥様、ちゃんと生きておられます」とこたえた。
-生と死の間にはさほどの距離も、大きな溝もないではないかと思いました-
 弔辞の中でS氏はそう述べた。

 隣家のEmikoさんは4ヶ月前に救急車で家を出て行った。そして、8月31日の深夜、葬儀屋の車で布にくるまれて帰ってきた。数日前から高知に住む長男やカナダ在住の次男夫婦が、まさに生死の境を漂っているその間に帰宅していた。彼らと共に通夜、葬儀の段取りに邁進した。いつのまにか葬儀委員長という立場になり、通夜振る舞い、返礼品、お斎(とき)膳、引出物などの手配や、僧侶の送迎計画、弔辞の依頼などを葬儀屋の担当者とすすめていった。
 台風12号の影響で連日フェーン現象に見舞われ、蒸し暑い中で一連の儀式は終了した。朝晩は寒いほどに急速に秋が訪れた。名残の蝉の声に、草むらからの虫の声が混じる。長男は高知に帰った。孫たちもそれぞれの仕事に戻っていった。最後まで残っていた次男も、先に帰国した妻に、3日遅れてカナダに帰った。静かで穏やかな日常が戻ってきたようだが、隣家には86歳の男が一人取り残された。ときおり記憶の混乱をきたすことがあるという。これからはヘルパーの支えで日々を乗り越えていく。

 昨日、隣家から大きく深いため息が何度も聞こえてきた。だが、数時間後には、自転車の後ろに段ボール箱をくくり付けた86歳のKatsura先生が、家の前の道を通っていった。わが家の犬が吠えながら追いかけたが、Katsura先生は一心に前を向いてペダルをこいでいった。

 同じ道を、元気なころのEmikoさんは、小ぶりのリュックを背負い、厚底のスニーカーで歩いていた。俳句を楽しみ、絵手紙の仲間をつくり、時にはクラシックギターを奏でたEmikoさん。女学校時代に出会った高校教師と結婚して、一度としてお金を稼ぐということをしなかったらしいEmikoさん。
「わがままの言いたい放題で、困っています」。長男が入院中のEmikoさんについて語ったことがある。
 納棺師の女性がEmikoさんの顔を剃り、旅立ちの化粧を始めた。「可愛くしてあげてくださいね」。見守っていた私の妻が声をかけた。そして誰にともなくつぶやいて嗚咽した。「可愛い人だったんだよ」。わがまま放題を言い、生死の区別もおぼつかなくなり、ふだんはほとんど化粧をすることのなかったEmikoさんが、唇に薄く紅を引いてもらって、天に昇った。
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by yoyotei | 2011-09-10 09:04 | Comments(0)