<   2012年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 

稲荷山

c0223879_18225364.jpg
 
去る2月8日付けの『新潟日報』の読者投稿欄に「村上の里山巡り眺め楽しもう」と題した記事が載った。投稿者は佐藤由弘さん。記事を抄録すると、「村上市塩谷集落に地元の人が<稲荷山>と呼ぶ山がある。荒川右岸河口の、海岸から80メートル余りのところにあり、海抜が15、3メートル。山頂に稲荷神社が祀られていて、その脇には国土地理院の三角点もある立派な山だが、2万5千分の1の地形図には山名が記載されていなかった。そこで地元関係者が600余人の署名を添えて<稲荷山地形図記載要望書>を国土地理院に申請し、このほどこれが認められ電子地形図に記載された」というものだ。
 投稿者の佐藤由弘さんが主宰する『村上野道クラブ』が、この記載を記念する16キロメートルのウォークイベントを実施した夜、佐藤さんから話を聞いた。
 記載されるまで約3年間を要したこと、海抜15、3メートルは二等三角点の設置された山では新潟県で最も低い山だということ、同じように二等三角点設置の山で、日本一の低山は天保山(てんぽうざん-大阪市港区築港)の4、5メートルだということ。

 若い頃の一時期、私はこの天保山の近くの兄の家に寄宿していた。天保山へのアクセスは大阪市市営地下鉄・中央線「大阪港駅」から徒歩10分とある。私は、この地下鉄「大阪港駅」から北区堂島にあったデザイン学校へ通っていたのだ。
 天保山の名前は日常的に聞いてはいたが、それが日本で最も低い山であることは誰も教えてくれなかったし、海抜4,5メートルの、その山に登ったこともない。時代は「大きいもの高いもの」を目指していた。
 天保山は1831年(天保2)から2年間にわたって、洪水防止と、大坂への大型船入港のために安治川河口を浚渫(しゅんせつ)した土砂が積み上げられたものだ。当時は松や桜が植えられ、茶店なども置かれて、大坂でも有数の行楽地となり、葛飾北斎や歌川広重などによって浮世絵にも描かれた。(「ウィキペディア」)
 天保山には山岳会があり、希望者には登山証明書を発行している。なんと山岳救助隊まであるが、2008年(平成20年)現在、救難要請は一度も出ていないという。
「村上野道クラブ」でも、「稲荷山登頂証明書」(冒頭)を有料(100円)で発行することにした。だが山岳救助隊はまだ結成されていない。是非とも急いで結成し、連絡先を教えていただきたい。なにしろこの雪である。新潟県で一番低いとはいえ、これから登ろうとする私にとって冬山登山は大いに不安なのである。安全対策には万全を期したい。

 佐藤由弘さんは投稿で「周辺には諸上寺山(73メートル)、山居山(94メートル)、お城山(135メートル)、下渡山(238メートル)などの里山登山にはもってこいの山がある」、これに稲荷山を加えて「<村上五低山巡り>などはいかが」と提唱している。 
 山居山の登山口は私の自宅から100メートルばかりで、身近なので何度か登頂している。お城山もしかりだ。諸上寺山は車で登ったことがあるが、徒歩で登りなおさなくてはなるまい。下渡山の238メートルはかなり厳しい。私にとっては「低山」とは言い難い。まずは稲荷山の冬山登山から始めよう。やはり「稲荷山山岳救助隊」の結成が待たれる。
 
 余談だが、これからの時期、卒業時には友人や先生からメッセージを書いてもらうことが恒例になっている。半世紀前もそうだった。中学校の卒業を控えて、ある先生は私に次のような言葉を書いてくれた。「山高故不貴 山高きが故に貴(たっと)からず」。
 にわかに意味を判じかねて、母に尋ねると「身体が大きくて見かけがよくても、中身がなくては立派とはいえないということだろう」と言い、そのとき「独活(うど)の大木」という言葉も母は教えた。
 この言葉が「実語経」にあり、「<以有樹為貴> 木有るを以て貴しとす」と続き、さらに「<人肥故不貴 以有智為貴> 人肥えたるが故に貴からず。智有るを以て貴しとす」と、ほとんど母が言った通りの意味だったと知るのは、かなりの年を重ねてからだった。
「実語経」は平安時代に成立して鎌倉時代に普及、江戸時代には寺子屋の教材として大いに使われたという。そこで出だしの「山高きが故に貴からず」を捉えて、<富士を見ぬ奴がつくりし実語経>などという川柳も生まれた。
 しかし、「村上五低山巡り」を提唱する佐藤由弘さんは、富士山はもとより「日本100名山」全山を登攀し、また年中、国内外を歩き回っている人だ。その佐藤さんが、低くても「稲荷山の山頂には展望台もあり、360度の景観が楽しめる」と推奨しているのだ。
 今年は「村上五低山」の全山登攀を成し遂げたいと思う。「稲荷山登頂証明書」は自己申告でもらえるのだろうか。「村上野道クラブ」へ問い合わせてみよう。
 
 たとえ15,3メートルであろうと、確かな「山」として存在している稲荷山。地図掲載の快挙を喜びたい。
c0223879_11105342.jpg

[PR]

by yoyotei | 2012-02-20 18:47  

いつかは消えます

c0223879_1245716.jpg
 
 記録的な豪雪なのだ、そうだ。日中の気温が7度まで上がった日、近所に住むOgataさんが手伝ってくれて家の前の除雪が驚異的にはかどった。その後は温泉で・・・。
 町内の東林寺(とうりんじ)山門前には「雪トトロ」が出現した。
 それにしても雪というのは厄介なのものだ。積雪4メートル、屋根の雪下ろしはもう7回目、などという人たちの声を聞くとため息が出る。100人近くが除雪中の事故や落雪によって命を落としている。
c0223879_10161442.jpg

 自宅そばの地蔵さんも雪に覆われた。雪を払ったらこの地蔵さん、なんと毛糸の帽子をかぶっていた。どなたの心遣いだろう。
c0223879_10151049.jpg

 除雪を手伝ってくれたOgataさんが、道路わきにうずくまっている狸を見つけた。交通事故に遭った様子はない。逃げもせず、さほどの抵抗もしない狸をOgataさんと一緒に段ボール箱に入れて持ち帰った。
 狸は背中のかなり広い部分の毛が抜けて分厚い瘡蓋(かさぶた)状になっていた。
 一時は与えた水を飲み、Ogataさんの部屋の中を動きまわったが、翌朝には冷たくなっていた。背中の傷が致命傷だったとは思えない。その傷は相当に古く、瘡蓋も亀の甲羅のように硬くなっていた。ただ、その硬い甲羅状の瘡蓋が、何箇所も深くひび割れているのが痛々しかった。
 Ogataさんは、近くの空き地の雪を掘り、土を掘って狸を埋葬した。

 何年か前に、自宅周辺に1匹の野良猫が出没するようになった。玄関前にエサを置いてやっても遠くからこちらをうかがうだけで近づいてこない。長い日数がかかったが、その猫がようやく目の前でエサを食べるようになった。それでも、もう馴れたかなと手を出しては、何度も爪を立てられた。
 その猫が、あるとき玄関の戸を開けると、すっと家の中に入ってきた。初めてのことだった。犬が激しく吠え立てたが、臆することもなく部屋の隅にうずくまった。身体に触れてもじっとしている。翌日、猫はそのまま息を引き取っていた。
 生き物が自分の死を悟った時の行動には、神秘的な達観、崇高な諦念を感じる。
c0223879_10551320.jpg

 両腕に抱きかかえるほど(?)届いたのは、いつの頃だっただろう。
 この日、セルフ給油のスタンドで男性店員からチョコレートをもらった。そのチョコレートを、女っ気のない酒場で、愛・義理・友、いずれのチョコにも縁のない男3人がカリカリかじりながら酒を飲んだ。
c0223879_10141529.jpg

 いつの時代の、どこの国のことかは忘れたが、刑罰として山上に重い石を運び上げるというのがあったらしい。ようやく持ち上げた石は、刑吏によってか自らによってか、山上から転げ落とされる。そして、また苦しい思いをして山上へ運び上げる。また転げ落とされる、運び上げる。それを永遠に繰り返す。無目的で達成することのない、徒労だけの苦役を強いられる罪人は力尽きる前に発狂するという。
 除雪をするたびにこの話を思い出す。もちろん、除雪は刑罰でもなければ、けっして徒労ではない。家を守り、生活を確保するための闘いだ。ただ、春が来ると解けてしまうのにと思うと、雪がうらめしくなる。明日あたりからまた大雪に見舞われるようだ。やっと除雪した跡に、また雪が降り積もる。

「いつかは消えます」
 冒頭の東林寺の、これは戒語。消えていくのは雪だけではない。いつか、あれもこれも・・・。
[PR]

by yoyotei | 2012-02-15 13:03