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春の夢

 一人で家を建てている男がいた。二間もあろうかというほどの小さい家だ。何本かの柱が屋根を支えている。壁はまだない。床板を貼り付けているところのようだ。奇妙なのは、建材が煤けた古材や流木、寸法の合わない材木をつないだもので、つぎはぎだらけの家ということだった。
 縁側らしいところから床に上がった私に、男が不機嫌な声を出した。
「入り口はそこなんだが」
 なるほど小さな入り口に見える部分があった。
「近頃の日本人は礼儀も知らない・・・」
と、男が言ったように聞こえて、目が覚めた。

 木材を組み合わせて何かを作っている男がいた。テーブルなのか、ベッドなのか。大き目の台であることはまちがいない。こちらも端材をつないで、そのつないだ部分を荒縄で縛っている。ベトナムの田舎を思い出した。ハンモックで昼寝をしている男たち。その下にあった台に似ている。私は台の縁を両手で掴んで揺すってみた。ビクともしない頑丈なものだった。私は満足して、その場を立ち去った。

 私は粘土をこね、手びねりでぐい呑みを作りはじめた。なかなか思い通りの形にならない。薄い板状にした土を貼り合わせるようにしてみた。蕎麦猪口の形になった。ひと月前に骨董市で買った物と見比べるとそっくりだった。
 底を見ると扁平だ。気にいらない。ヘラで削り取った力強い高台(こうだい)がいい。蕎麦猪口をつぶして、手びねりに戻った。やはり思い通りの形にならない。何度か作ってはつぶし、つぶしては作った・・・。
 ぼんやりと目覚めた。初めて見た3シーン連続の夢だった。何かの願望か、寓意を含むものか。
 春の眠りの夢だった。
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 桜が満開だ。参道も小学校の校庭も・・。隣家の白いモクレンもいっせいに開花した。
 10鉢あまりのシンビジウムが、今季はすべて花芽を持った。昨年の夏、寒冷紗を張って本格的に遮光をしたのがよかったようだ。デンドロビウムもすべて花芽を持ったが、1鉢から増やしたものでみんな同じ花なのがちょっと不満だ。
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 赤い椿の山道をナメローと歩いた。昨夜来の雨で道は湿っているが、夕方から晴れの予報だ。
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 公的な助成を受けていた店が相次いで閉店した。詳しくは知らないが、客足が伸びず、助成期間が終わったための閉店のようだ。「閉店」の文字が痛ましい。
 
 おとめ座の人は運気が良くないらしい。運気を上げるには「鳥の手羽先から揚げ」を食べるといい、そんなことをテレビが言っていた。妙な夢は運気が悪いせいだろうか。私はおとめ座である。よし、手羽先食ってビールを飲んで、昼寝をしていい夢をみるぞ!
 それにしても、こんな占いどんな根拠があるのだろう。
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by yoyotei | 2012-04-24 13:00  

さかなまつりがやってくる!

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 今年初めての釣りの獲物だ。私ごときに釣られるとは不運なヤツと、哀れみながらも「よく釣れてくれた」と頭をなでてやった。ソイという魚で、岩礁地帯やテトラポットなどの隙間にひそんでいる。大きな口でエサに食いつくとグイッと引き込む。生命力が強く、家に持ち帰っても生きている。
 私の父方の祖母はシジミやアサリなど、生きた貝を火にかけるときには、きまって「ナムアミダブツ、南無阿弥陀仏」と唱えていた。私は「すまんな」と心のうちでつぶやきながら、生きているソイの頭の付け根にざくっと包丁を入れた。
 よく日も、同じ場所で20センチをこえる大物を筆頭に3匹を釣った。わずか30分の釣果だった。帰宅してからその獲物をクーラーボックスごと海に忘れてきたことに気づいた。引き返したがなくなっていた。エサを忘れて釣り場に行ったこともある。数日前のことだ。ぼんやりの自分に嫌気がさす。
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 カラスが胡桃(くるみ)を咥えて高く飛び上がり、空中から地上に落とす。アスファルトやコンクリートの硬い地表でなくてはならない。何度か繰り返すうちに硬い胡桃が割れる。道路において車に轢かせるカラスもいる。中身がエサになるのだ。何度もカメラにおさめたいと思ったがうまくいかない。このカラスも地上に落とした胡桃をついばんでいたが、まだ割れていなかったのだろう。再び咥えて飛び去った。
 南太平洋に浮かぶニューカレドニア島に生息するカラスが、巧みな知恵を持っていることが研究者によって明らかにされている。葉を切り取って虫を捕まえる道具をつくったり、細長いガラス瓶の浅いところにまで入れた水の上に浮かべたエサを取るのに、水の中に石を落として水面を上昇させたり・・・。それも、小さいものよりも大きい石が効果的で、水に浮くような軽いものでは駄目だということも知っているという。(オンライン科学誌『プロス・ワン』)
 カラスの知恵にも驚嘆するが、それほどにエサがないのだろうか。生ごみを食い散らかしたりして迷惑がられていることも確かだが・・・。
「ごんべが種まきゃカラスがほじくる」では、ごんべさんでなくても憎いカラスということになるが、「かわいい七つの子がある」カラスでもある。

 Yamaちゃんが準備をしてくれて、今年も「さかなまつり」参加の案内ができあがった。旧山北町の寝屋漁港を会場に漁師のみなさんが中心になって開催される、いわば「お魚バンザイ」のイベントだ。夭夭亭に集う人たちをメインに初回から欠かさず参加している。我が家では盆・正月と同じように娘夫婦や孫たちが集まる年次行事になっている。
 寝屋漁港でのブラスバンド演奏や歌謡ショー、魚の競り売りや販売、船上での漁師料理など、楽しいイベントに参加した後は、野方海岸での野外宴会。恒例の初夏一大イベントだ。
○日時/5月4日(金曜祝日)午前7時 村山邸集合(村上市寺町)○マイカー乗り合わせ(飲酒考慮)○会費/1000円(魚介類・燃料等の購入・海難遺児支援寄付金・大人のみ)○雨天の場合/会場の寝屋魚港で魚介類等購入後、村山邸で宴会○飲み物/各自持参○食べ物/魚介類以外は各自持参○食器等/紙コップ・紙皿・割り箸は用意済み○参加申し込みは4月29日までに夭夭亭へ電話 
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 桜の開花まであと少し。福寿草が終わったら黄水仙、そしてレンギョウが今盛り。黄色の花が春を呼び込む。

  
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by yoyotei | 2012-04-20 14:07  

さまざまな旅立ち

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 朝から自宅前の、寺への参道を頻繁に車が通る。葬儀か法事なのかと想像したが、乗客の服装がどうもちがう。振袖の二人が車から降り立ったのを見て、「ああ、結婚式」と気づいた。寺の娘さんが僧侶の婿をとることを聞いていたからだ。小さい頃から学校などへの行き帰りに、顔を合わせれば丁寧に挨拶をしていたあの娘さんの結婚式なのだった。本堂が紅白幕でおおわれている。披露宴はホテルで行なわれるのだろう。送迎用のマイクロバスも待機している。
 前日、ウグイスの初鳴きを聞いた。桜のつぼみも目に見えて膨らんできた。遅い春が本番を迎えようとしている。

 先週の日曜日は市議選の告示だった。5期目に挑む友人の立候補の届出、出陣式での激励挨拶、ポスター貼りと、朝から動き回った。毎夜のことながら、前夜もしこたま飲んで完全には酒が抜け切れていない。運転を代わってもらってのポスター貼りだったが、後部座席に乗っていたら車に酔ってしまった。途中で嘔吐するなど惨憺たる市議選の幕開けだった。
 
 午後からは、懐かしい流行歌や唱歌を歌う「歌声・村上」の例会で、「インドいろいろ」と題したトークをした。40分のトークは消化不良といった不満足な結果に終わった。「旅は古寺の釣鐘だ。撞木をつく人(旅人)によって浅い音も深い音も響かせる」を基本にすえて、「インドは自分を写す鏡であり、多様なインド世界をどのように語るかによって自分がさらけ出される」さらには「偉そうに話すな」「物知り顔で話すな」などと、心構えをメモにして臨んだのだったが・・・。これまで画像を使った話は何度か経験したが、トークだけというのは難しい。
 トークの前後では70人ほどの参加者といっしょに、約20曲を声を張り上げて歌った。参加者には知人や顔見知りも多く、年齢も近いせいか、なにやら同窓会のようでもあった。 

 「村上釣友会」の最若手メンバーが先週末に死去した。3年間、癌と戦った果ての最後だった。「会」の代表ということで弔辞を読んだ。誕生の3日目に父親を亡くし、3歳上の兄との母子家庭。兄は長じて他県住まい。地元に就職した彼は結婚しなかったため、長く母との2人暮らしだった。享年58歳。旅立ちの際に、愛用の釣竿が納棺された。本当に釣りが好きな人だった。
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 コートジボワール出身のJo(Joseph)さんとその妻(右)、妻の母上と3人での来店。
 私たちの世代は、かつて「象牙海岸」と言っていたコートジボワールだが、大西洋に面した西アフリカの国々については、ほとんど知らない。知らないというよりも知ろうとしなかった。
 ちょうど読んでいた本(『大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く』(朝日新聞社 2003年)に以下のような記述があった。
「主としてヨーロッパが、次いでアメリカが、数百年以上にわたる征服と簒奪、隷属と略奪とによって、事実上アフリカを破壊してきた(略)。第2次世界大戦後、アメリカの政策立案者は世界の各地域にそれぞれの<役割>を割り振るさい、アフリカには関心がなく、ヨーロッパが自らの再建のために<利用する>よう差し出したのでした」(ノーム・チョムスキーから大江健三郎への書簡)
Joはフランス語はもとより英語も堪能。日本語たるや外国人訛り(?)もない。彼のことをよく知りたいと思った。
 
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 NorikoさんとYokoさん。
 YokoさんとJoさんの妻は同じ職場ということで驚いた。昨年末、施設長さんらと数年ぶりに来店したRyukoさんも同じ職場だという。世界は狭い。
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「夭夭亭」の真向かいは「もらい鈴」という店だ。その店で、かつて料理人をしていた調理師Junさん(左)と、現在の職場で共に働く栄養士のHisakoさん。「旅立ち」の気配が濃厚だ。
 Joさんの妻、Yokoさん、Junさん、Hisakoさん。偶然だがみんな老人介護施設で働いている。
 市議選5期目を目指す友人は、国民年金で入れる「特養ホーム」増設を訴えている。当市では入所待機者が502人もいるのに、3ヵ年の整備計画ではわずか58床しかないということだ。
 市議選で、友人は順位は下げたものの、4年前の得票に若干の上乗せをして当選した。
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 ヒマラヤスギに取り付けた巣箱から、小鳥が顔を出しているのを発見した。シジュウカラだと思われるが、見かけたのは1度だけ。偵察中なのかもしれない。子育ての場所に選んでくれると嬉しい。カメラを持ってうろうろしているが、いまだ激撮とはいかない。
 玄関側の、やや大きめに作った巣箱周辺でも小鳥たちの姿があった。楽しみである。

「村上野道クラブ」(佐藤由弘・主宰)が「お幕場・稲荷山ウオーク」をおこなう。実施日は4月29日(日)この日は神社の祭礼日なのだそうだ。参加者には新潟県最低山の登頂証明書ももらえる。参加費は300円、22日までに申し込む。(0254‐53-4856)
 ちなみに登頂済みの私はすで証明書を持っている。

「しんちゃん」の長男が進学先へ旅立ったそうだ。先週末、職場の場の人たちと来た「しんちゃん」の奥さんから聞いた。少しさびしそうだった。
 長男Kei君は旅立ち前に父「しんちゃん」と来店。物怖じしないで、しっかりと話をするKei君に40数年前の自分を重ねた。「ガキだったなあ(自分)、大人だなあ(Kei君)」

 厳しい就職戦線のなか、ようやく仕事をゲットしたMさんが、その直後に彼と別れたという。
「何かを得れば、何かを失うって本当ですね」
 電話の声は笑っていたが・・・。
 これもひとつの旅立ちか・・・。 
   
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by yoyotei | 2012-04-17 07:56  

春の嵐

4月に入った最初の日は春の陽気。ぼうーっとしながら、遠い昔の4月1日を思い出していた。

「おまえのお袋が玄関に来てるってよ」
 小走りでやってきた同僚の一人が、同じホテルの整備部で働く一人に言った。一瞬、硬直した彼は、顔色を変えて玄関に向かった。
 数分後、彼は猛烈な勢いで帰ってくると、同僚に跳びかかった。同僚は「エイプリルフールだ!」を繰り返すが、それには耳を貸さず、彼は少し年上の同僚の胸を殴り続けた。目には涙がにじんでいた。
 彼は青森の中学校を卒業すると、集団就職で東京へ出てきた。最初がどういう職場かは聞かなかったが、そこを止めたあとも転々と職を変えた。転職とともに住所が変わり、いつしか青森の実家とは連絡が途絶えた。変えた職場の中に「ラーメン屋」があった。いつしか自分の「ラーメン屋」を持つことが彼の夢になっていった。
 いっしょにラーメンを食べたとき、彼は私にラーメンの「正しい食べ方」というものを伝授した。それは蓮華が添えられてある、当時としては新しい供し方のラーメンだった。
「箸で麺を手繰り上げたら、左手の蓮華で受けるんです。その蓮華の先から口に流し入れます」
 彼は得意になってラーメンの講釈をした。
 「店を持ったらお袋を呼び寄せます」
 その資金を貯めるには、寮があって、賄い付きの職場がいい。それが箱根にあった老舗のホテルへの就職動機だった。
 そのお袋が来ている。彼にとっては許されない嘘だったのだ。
 
 私がそのホテルをやめてから10年後、その彼から電話があった。電話の目的はカネの無心だった。私の電話番号を探し当てたことに驚くと同時に、カネに窮している重い切実感があった。だが、私は無理だとこたえた。電話はあっさりと切れた。ラーメン屋を開業したという話はなかった。
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 陽気の訪れとともに、気持ちをリセットしようとしていた矢先の春の嵐だった。3日夜から暴風雨が吹き荒れ、朝になって近所の寺・龍皐院山門前の杉が倒れているのを発見した。
凄ましい風だった。激動の新年度ということにならなければいいが・・・。
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ツーショット①
「いっしょに写ってください」と言ったのは彼女の方です。
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ツーショット②
Togashi&Mariさん、このショットは半年も前、婚約中のものです。このほどめでたく華燭の典。週末の夜、Togashiさんが報告に来てくれた。なんとMariさんはすでに御懐妊とのこと。嬉しいこといいことが波のように押し寄せてくる時期があるのですね。
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ツーショット③
看護学校への入学を決めたSayuriさん。可愛い顔に似合わないほど、芯のしっかりした人だ。友人のTakuyaさんも穏やかで知性のある人。隣り合わせになった②のTogashiさんとマイケル・サンデルの「白熱教室」で盛り上がった。
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ツーショット④
その当時、新潟大学の医学部の同期生は100人だったそうだ。その同期生の二人が店で再会した。Murayama、Babaの両氏。年輪の刻み方にそれぞれの個性が現れる。
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「濁り湯を知らない」というアメリカ人のMikeを温泉に連れて行こうというのがきっかけだった。久々に訪れたMayaが週末常連組と共に福島県の高湯温泉に行ってきたのは3月末。秘湯の湯治場で『江戸時代から「一切の鳴り物を禁ず」という申し合わせを守り通し、他の温泉地に見られるような歓楽的な開発を行なってきませんでした』(高湯温泉観光協会・高湯温泉旅館協同組合パンフレット)ということだ。
 Maya、MikeにくわえてYu-min、Mo-ri-が参加。Yu-minが写した写真には白いふんどし姿の堂々たるMike、笠を被って胸からタオルを垂らした狸のようなMaya、茶色のタオルを腰に当てたMo-ri-が湯気の中に立っていた。
「いっぺえやっか」はMayaが買ってきた岩魚(いわな)の骨酒セット。村上名産の鮭を骨酒にしたらどうかな、などと温泉帰りのご一行と話が盛り上がった。
   
 さあ、嵐が行き過ぎれば春本番となる。この日曜日には市長選・市議選の告示。ある団体からは、久しぶりに「インドあれこれ」と題した話を頼まれた。波がおさまったら海釣りにも行きたい。そうこうしているうちに5月の連休だ。恒例の「魚祭り」もある。孫たちはやって来るだろうか。

 鰭酒(ひれざけ)や野暮なことなど言ひっこなし           藤岡筑邨
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by yoyotei | 2012-04-04 11:15