<   2013年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

私たちの社会では政治を語る手法がすごく貧しくて三つぐらいしかないんです。

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 大学病院でソーシャルワーカーとして患者さんたちのさまざまな相談に応じているAtsukoさん。かつては同じ町内に住んでいて、私の娘たちも知っているということだった。父はクラシック・ギターサークル「カポタスト」の中心的存在。彼とは私も同じステージに立ったことが何度かある。その父の人柄に触れる話をしたとき、Atsukoさんは涙を流した。「おとうさん大好き」のAtsukoさんなのだ。ただいま婚活中らしい。
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 左の女性は山崎絵美さん。もらった名刺には精米プラント企画・設計・施工「(株)ヤマザキ精工」食品部長とあり、もう1枚には「穀倉やまざき」責任者とあった。東京都江戸川区にある「穀倉やまざき」は「その場で精米の美味しいお米・こだわりのおむすびとお弁当」を提供している。
 右は同じく片桐営業次長。中央が地元で美味しい米を生産している農業青年Itagakiさんだ。陽気でノリのいい3人が、客が少なくてさびしかった週末の夜を賑やかにしてくれた。
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 Johjiさんとカールママだ。山登りの仲間だったりするふたりの共通点は日本酒が好きなこと。九州に住むJohjiさんの兄が重篤な病で入院加療中だ。数日後には九州へ飛ぶということだ。
 カールママことYukoさんは、冒頭のAtsukoさんの父が所属するクラシック・ギターサークル「カポタスト」の仲間でもある。Atsukoパパとの二重奏も多い。来店日がずれていたが、もしYukoさんとAtsukoさんが遭遇していたら、Atsukoさんを泣かす、いい話がもっともっと出てきたと思う。
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 常連のカール君にマイクも加わってこの夜はみんなではじけた。これも山崎絵美さんのどこか突き抜けたキャラクターの影響にちがいない。
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衝撃の2枚だ。
 5回にわたった「連続上映&トーク」イベントが終わり、取り組みのまとめと今後の展望について「ざっくばらんなトーク&トーク」があった。あわせて『長谷川健一写真展』を開催した。上の2枚はその中の1枚と、別の写真に添えられたキャプション。
 長谷川健一さんは、地震と原発事故によって全村民が避難を強いられた飯館村の酪農家。3.11以降に撮影した写真50枚が全国各地で巡回展示されている。

  ところで、以下は「トーク&トーク」に寄せた、イベント世話人としてのコメント。ちょっと長いが掲げておく。

「あれほどの悲惨な被害に遭遇しながら、整然と耐えている被災者たちに、世界は大きな感動をもって支援を寄せてきた。だが、2年が経過しても、現状は31万人が今も仮設住宅などで避難生活を余儀なくされ、大震災関連の自殺者は80人を超えた。求められる国の支援も手薄で生活再建のめども立たない。復興どころか、広がるのは自暴自棄と絶望感だ。
 原発事故にいたっては「収束」などとは、何を見ての判断だったのか。内部被曝に怯えながらの生活はいつまで続くのか。この国の政治家、官僚、経済人は、国益や経済発展のためには、「犠牲者」の創出もやむなしと言わんばかりだ。
 私たちの「連続上映&トーク」は予定のプログラムを終わった。手前味噌になるが、映画の選別もゲストスピーカーの話も優れたものだったと思うし、連続性から導かれる問題提起も、現状把握から本質の追求へと確かな道をたどった。なによりも参加者から寄せられたアンケートの声は、私たちの取り組みへの激励になったし、意識の共有へつながるものだった。アンケートの声にもあったが、大手メディアの報道だけでは事態の本質が見えてこない。私たち自身のアンテナを高く掲げることが必要だと痛感した。
「脱原発」ということでは、各地で原発に頼らない地域経済再生の取り組みが始まっている。ゲストとして話を聞いた「開成」(地元の事業所)では、すでにバイオマスプラントによる売電事業をスタートさせた。これから必要なのは地域の共同だ。
 3.11を風化させないことがきっかけの連続イベントだったが、ここにきて新しい出発点に立ったように思う」 
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 これも写真展の1枚。再生への足音が聞こえてくる。女性の強靭さに驚かされるのは私だけではあるまい。
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 週末常連組のMayaさんが「マスター読む?」と持ってきたのがこの本だ。即座に読み終えた。
 昨日は俳優・三國連太郎の死が伝えられた。享年90。戒名も墓も、葬式もいらぬと言い残したという。長女から届けられてある私の「エンディング・ノート」にはまだ一語も記されていない。

 ある新聞によれば、かつて三國連太郎は「この子(孫)が大きくなった時、日本がどうなっているのか空恐ろしい気がします。あれだけの犠牲を出して構築した平和憲法だけは、守っていかなきゃいかんと思います」と話したという。
 これまでは「むらかみ9条の会」の世話人の一人だった私だが、これからは力を入れて活動しようと思う。
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 脱衣場で満面に笑みをたたえた浴衣姿の老人が言った。
「あなたはどこですか」
「え?」
「脱いだところがわからなくなりますのでね」
 脱いだ衣類を入れる棚のことだった。
「ああ、この端のいちばん上ですが。お譲りしますよ、ここ」
「いえここで結構。端から2列目ですね」
 老人の笑みは変わらない。
「お泊りなんですね」と私。
「妻の先祖の墓参りにね」
「どちらからいらっしゃいました」
「東京の田端です。ごぞんじですか?」
「ええ地名だけは」
「あなたは?」
「地元です」
 そして風呂。私の入浴時間は短い。脱衣所はすぐに着衣所に変わる。老人も湯から上がってきた。
「早いですね」と私。
「どこですかね?」
「ああ、ここですよ。2列目」
 老人の笑みは変わらない。
「あなたはどこから?」
「ああ地元です」
「そうですか。いい温泉ですね」
「ありがとうございます」
「お泊りですか」
「いえ、帰ります。地元ですから」
「私は東京の田端です。ごぞんじですか」
「ええ地名だけは」
「妻の先祖の墓参りです」
 本当にいい笑顔なのである。そして本当にいい気分にしてくれる人なのであった。昭和6年生まれだと聞いた。

 ということで、なぜかAtsukoさんとカンパイなのだ。
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 タイトルは以下のように続く。
 一つは「政治家なんてみんなバカばっかりだ」と全否定する言い方。もう一つは、かなり押し付けがましく特定の主義主張を展開する。周りが引いてしまう。三つ目は、そもそも政治の話をタブー視する。政治の話をしないことで人との関係が成立する。つまり、政治についてテーマを共有して語り合いながら深めていくという対話の作法がそもそも存在しません。
<『世界』(岩波書店)5月号・シリーズ/内橋克人の憲法対談「政治を語る新しい作法を」から湯浅誠氏の発言>
 
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by yoyotei | 2013-04-16 06:51 | Comments(0)  

歌っておくれ/ゆりかごの歌を/ララ・ララ・ララバイ/ララ・ララ・ララバイ

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 行くかも知れませんという手紙が届き、行きますと連絡があったのが5日前。「日常を唄う京都の吟遊詩人」といわれる楠木しんいちさんと、「鮮烈な詩とドライブ感あふれるギターが魅力、妖精のようなシンガーソングライター」と評されている「はつ菜」さんがやってきた。しんいちさんとはつ菜さんは父と娘。しんいちさんは何度目かの夭夭亭ライブ。
 1990年京都生まれのはつ菜さんは2010年からライブ活動を始めたということで村上は初めて。いつものようにカウンター内が二人のステージとなった。
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 月に2回のペースで城下町巡りをしているという3人組。左のUekiさんはあの「秋田書店」で編集にたずさわっていたという。「秋田書店」といえば、団塊世代には『冒険王』『漫画王』などの出版社として記憶に植えつけられている。その後は『少年チャンピオン』などの出版でコミック界を席巻した。
 前夜、パニック障害をかかえながらの日々を赤裸々に語ったUekiさんは、旅仲間3人と共にこの夜も来店してライブの客になった。Uekiさんは、はつ菜さんの歌について詩が非常にラディカル(過激)だと驚いていた。
 透明度の高い声とラディカルな歌詩。清楚な表情もあいまって、切ないほどの訴求力に満ちていると、私は感じた。
 カウンターの奥、マイクの左にはKeiさんとChibiさんの顔も見える。昨年の11月以来となる狭山市からの旅人である。Mikaさんたちともすっかり知り合いになった。前回はジャケットを忘れていったChibiさんだが、今回は「我を忘れて」いかなかったかな。我を取り戻しにまたいらっしゃい。
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 Kuramatu夫妻(左)も友人とライブ鑑賞に来てくれた。かつての「うたごえ喫茶」世代にはちょっと違和感があっただろうか。しかし、レパートリーの広いしんいちさんに、しんじさん(私のことです)も加わって、少しはリクエストにはお応えした。
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 一息いれた後、はつ菜さんに再度歌ってもらった歌がある。失礼にも何度か教えてもらったのに忘れてしまったその題名は「Reナントカ」だった思う。この歌で心を揺さぶられる人は多いだろう。はつ菜さんからは当分目が離せない。
 はつ菜さんの京都、その他でのライブはYouTubeで見ることができる。
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 私からの間違った情報発信で2晩続きで来てくれたHideさん。 Maya&Mikaさんはこの夜も洗い物をしてくれた。
 
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 楠木しんいち&はつ菜のような父と娘とのライブはめずらしいと思うが、こちらは今年の2月、ある集会でのアトラクション。津軽三味線と民謡の、祖父と孫娘のライブだ。祖父が師匠で息子も津軽三味線を弾く。
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 楠木しんいち&はつ菜ライブの前夜。
 ドクターMurayamaとYamadaさんが来月4日の「魚祭り」の打ち合わせ。そこで遭遇したのがUekiさんだ(中)。 Yamadaさん(左)はこの3月にNTTを定年退職。ドクターMurayama(右)も還暦を過ぎた。Uekiさんは58歳ときいた。それぞれに生きてきた過去が表情に表れる。刻んだ皺(しわ)も、霜をおく頭髪もその証(あかし)だ。ん、頭髪のない人がいる?それこそ生きてきた証なのだ。
Yamadaさんは今週末の座談会「未来につながる日々の暮らしについて」(映像から暮らしと環境について考える会/主催)でナビゲーターを務めることになっている。
 Uekiさんたちは、必ずまた来ますと言って帰っていった。「いい人 いい酒 いい出会い」とは、30年ほど前に大改装したときの私の店への思いである。それが少しは実現しつつあるかなと感じる。嬉しいことだ。
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 左は普通の「ジャック・ダニエル」(テネシー・ウイスキー)で、右は「ジャック・ダニエル・シングル・バレル」だ。マイクが横田ベースのマーケットで買ってきてくれた。43.45ドルは1ドル95円で約4,128円。少し前にはもうちょっと安かったはずだ。円安の影響はこんなところにも現れる。
 このシングル・バレル、まだ飲んでいない。どんな味わいなのか楽しみだ。
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 タイトルはシェークスピア「夏の夜の夢」(福田恆存・訳)の妖精の歌の一部。京都の妖精はつ菜さんの歌は「ゆりかごの歌」ではない。時として聴く者の肺腑をえぐる。眠るどころではないのだ。
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by yoyotei | 2013-04-09 07:15 | Comments(2)  

「わしゃあ釜爺だ。風呂釜にこき使われとるじじいだ」

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 ダイアリーがほとんどマンスリー状態になったのは今回だけではないが、それでも少しはいい訳めいた理由がないでもない。ひとつにはいつもの3月と違って客足が遠のいていたこと。カメラを手にするタイミングを逸して、ブログアップにまで至らなかったこと。暇にまかせて石膏デッサンに取り組んでいたこと。極端な寒暖の差で春への歩みが遅々として進まず、気分が一定しなかったこと。そこへもってきて、急に昼間の仕事を始めたことなどでパソコンに向かうゆとりを失っていたのだ。
「かまわぬ、かまわぬ。マイペースでいきなはれ」
 誰かの声が聞こえるようでもあるが・・・。
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 そうしたなかで、知人の大滝友和さんが自身9冊目になる冊子を刊行し、その贈呈を受けた。書名は『村上の曾良と芭蕉』である。
 芭蕉と曾良は「奥の細道」の途中、大滝さんの生地・山北地区北中(当時は中村)に1泊し、村上に2泊した。「そのことを知った40年前の感動が、その後の調査研究の動機となって持続してきた」と大滝さんはいう。
 今年1月には、私も参加している「村上市民ネットワーク」で講演をお願いした。謎解きをする話の展開の巧みさに大いに感銘を受け、講演を聴いた参加者からも、面白かった、興味をそそられたなどの賞賛の声がしきりだった。
 今回の著書には、その謎への探求が講演よりも緻密に展開されている。村上周辺の住民にとってはもちろんだが、なにかと謎の多い松尾芭蕉、その愛好家にも興味深い1冊だと思う。それだけでなく、この1冊は曾良と芭蕉の足跡をたどりながら、大滝さん自身の足跡にもなっていて、そこからは注いできた大滝さんの情熱が読み取れる。
 縁あって過去の著書8冊も大滝さんから贈呈を受けてきたが、それらも教師として小学校に勤務しながら、社会科の実践テーマを「地域素材の教材化」として取り組んできた大滝さんの貴重な業績である。あらためてその著書を紹介して労をねぎらいたい。
①わが故郷の松尾芭蕉その1『中村ニ宿ス考』(平成2年12月)
②わが故郷の松尾芭蕉その2『村上二泊考』(平成3年5月)
③『粟島見聞録』(平成6年3月)
④『続粟島見聞録』(平成7年2月)
⑤『米沢街道峠紀行』(平成10年2月)
⑥『關谷學園資料編』(平成11年3月)
⑦『義経伝説』(平成17年2月)
⑧『忠敬測量物語』(平成21年12月)
 3年前に退職した大滝さんは、いま人工透析を受けながらも、調査研究・執筆・講演と精力的に活動を続けている。今回は表紙全体のレイアウトを娘・愛子さんが担当したという。小さい頃から面識のある私にとっては、あの<愛子ちゃん>が父の著書に花を添えたことが、我が事のように嬉しい。
 『村上の曾良と芭蕉』は、地元では益田書店と郷土資料館で頒布価格1,000円で扱っている。
問い合わせは、電話・FAX;0254(53)1936 E-mail;tomokazu2156@ivory.plala.or.jp
 
大滝さんはすでに10冊目の著書『村上歴史探訪(仮称)』を発刊予定だ。そして、また新しい謎にも取り組んでいる。先日、その一端を伺ったが、なかなか興味深い。いずれなされるであろうその報告も楽しみだ。
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 何年前になるだろうか。県立高校の分校が閉校した。大方の備品等はしかるべき行き先があったようだったが、なお行き先のないものが残された。つまりはガラクタだ。そのなかにあったのが石膏像アグリッパだった。
 ほこりをかぶり、眼球部は当時の生徒がいたずらに塗ったであろう絵の具で彩色がほどこされてあった。私は整理にあたっていた職員からこのアグリッパを貰い受けた。長く自宅に放置してあったが、あるときテレビでタレントが石膏デッサンをする番組をみたのがきっかけになった。店に持ち込んで客が来るまでの間、せっせと鉛筆を走らせた。こういうことになると私は夢中になる。興が乗ると客が来ないで欲しいとまで思ってしまう。そのままずっと描いていたくなるのだ。
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 ところで急に始める事になった昼間の仕事だ。瀬波温泉のあるホテルに10年ばかり勤務していた人が急に退職した。欠員を埋めるための相談を受けたのが、やはりそのホテルに勤務する私の知人で、話はすぐに私にもたらされた。
 月に10日程度で(実際には16日だった)、店の営業には差し支えない時間帯ということなので引き受けることにして、数10年ぶりに履歴書を書き、面接を受けた。面接の場で採用ということになり、3月下旬から勤務が始まったのだった。
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 仕事の内容は浴場の清掃、温泉の温度管理をメインに、さまざまないわゆる雑用だ。雑用という仕事はないと誰かが言っていたが、設備担当ということになっている。
 浴場の清掃はともかく、温泉の温度管理や濾過槽の調整はあまりにも複雑で、簡単には覚えられない。72歳になるという主任と、この仕事について4年になるという70歳の先輩が懇切に教えてくれる。だが一人でこなせるようになるには相当の時間がかかるらしい。(上の写真は男湯の濾過槽)
 主任は長く外国航路の貨物船でコック長をしていた人で、現在は釣り船の船長でもある。先輩も遠洋漁業などに従事してきたという。二人とも好人物で、こういう人たちと知り合い、いっしょに仕事ができるのは人生における幸運というものだ。
 当分は長い旅行もおあずけの状況になったが、それはいつかのことにして、この仕事を通じて何かを学ぶことができたらそれもいいだろう。
 勤務は朝8時30分からで、通常は午後3時30分までだ。勤務日の前夜は飲酒も控えがちになる。「酒も飲まず金を貯めて長生きをする気かよ」と、友人から揶揄されている。
 春になったら新しいスニーカーを買って早朝ウオーキングでも始めようと思っていた矢先にホテル勤務となった。広い館内を歩き回りながら「これもエクササイズだ」と言い聞かせている。
 タイトルはアニメ映画『千と千尋の神隠し』で「油屋」の釜焚きをしている釜爺(かまじい)のせりふ。先日、カサブランカ・ダンディのOtakiさんと来店したEijiさんが、私のホテル勤務の話を聞いて「釜爺だ釜爺だ!」と叫んだことによる。そういえば、いっしょに湯の管理をする私たち設備担当者3人の手を合わせると釜爺と同じ6本になる。3人が釜爺と同じ「頭」をしているのも可笑しい。「エンガチョ!」
 仕事の後はゆっくりと温泉につかる。「よきかな・・・」 
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 釜爺の仕事がオフの一日、春休みで来ていた孫娘たちと近くの「山居山遊歩道」を歩いた。カタクリや雪割草の群生も見られるところだ。数年前までは、かつて薪炭林だったという一帯も荒放題だったが、有志の人たちの尽力で道が切り開かれた。
 家では2階への階段の上り下りができないナメローも、ここでは急な山道をものともしない。5月になればタケノコも採取できる。いい場所に、いい季節が巡って来た。
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by yoyotei | 2013-04-03 06:20 | Comments(5)