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「見よ、踊る者の如く行くに非ずや」

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 連休は週末常連組のMayaさんやMurata妹ことSachikoさんらの高校同窓会の二次会から始まった。2階の「インド座敷」が久しぶりに満杯になった。
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 二人も同窓会のメンバー。左は私の次女のバトン部の後輩だったというルーシーさん。右はAsakoさん。「うーむ美しい・・・」
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 週末常連組のBBQ。気温が乱高下するなかで、この日は久しぶりの暖かい日和。それでも三面川河川敷のバーベキュー広場には、ときおりジョギングの姿が行き交うだけ。BBQに興じるのは私たちだけだったようだ。
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 本間桂さんの米寿を祝う集いがあった。教え子の瀬賀医師をはじめとして、中国から当地へ嫁いで来た愛さん。カナダ在住の本間翁の次男夫婦と孫などが集まった。日系3世の次男の妻ルーシーさんが理解できる日本語は少なく、孫のKayoさんは英語だけといったなかで、本間翁の漢詩を愛さんが中国語で朗誦し、瀬賀医師がそれを日本語と英語に翻訳する。まるで、国際文化シンポジウムといった趣だ。
 この日は郷土史愛好家の大滝友和さんも参加した。今、大滝さんが取り組んでいる研究には本間翁の漢文力が不可欠ということで、新しく親交が生まれたのだ。披露された本間翁の漢詩は以下のものである。

自祝米壽
 
親朋概逝幾年経
寂寞身邊掩竹肩
天壽八旬加更八
胸懐感謝立閑庭

自ラ米寿ヲ祝ス

親朋オホムネ逝(ユ)イテ幾年経タル
寂寞タル身辺竹肩ヲ掩フ
天寿八旬加フルコト更ニ八
胸ニ感謝ヲ懐(イダ)イテ閑庭ニ立ツ  
  脚韻(経・肩・庭)下平声青韻 平起式七言絶句

 この集まりは翌日も行なわれ、この夜は本間桂翁40数前のエッセイを、高校時代に目にして驚嘆したという瀬賀医師が持参した。『覚他の門』と題されたエッセイは格調高い文語体でつづられてある。数回にわたって熟読し、リズミカルな文章に魅了されたが、その内容の意味するところは凡俗の私には判然としない。抜粋して掲載する。『覚他』とは仏教用語で「自ら悟るとともに法を説いて他を開悟させ、生死の苦しみを離れさせること」と広辞苑にある。

 伊太利の町の喫茶店にてショパンの音楽を聴きながらその着想を得たる「曙光」のほかにニイチェの作品にして愛読に値するもの少なし。就中「ツァラツストラ」は鬼面人を威す表現多きを以って読むに堪へずとは曾て堀辰雄の述懐せるところなり。
 予は未だ弱冠ならずして聊か独逸語を解するに至たりし時この詩人哲学者の魅力に取り憑かれたり。その参考文献を渉猟したるは言ふを俟たざれど爾来三十年、今日に至るまでの間にその思想に慊焉たるものありしにやいつしか疎遠となり概ね忘却したり。されど堀辰雄とは逆に青年時代レクラム版を懐中にひそめ寸陰を惜しみて反復熟読せしツァアラツストラ全巻中には忘れ得ざる数節あり。分けても開巻劈頭の一節の如き、その筆致の遒勁なる、今だに愛誦措く能はず。
(中略)この部分にはドイツ語によるツァラツストラの一節が掲載され、さらには漱石による、その部分の英訳が続く。そして、親鸞、臨済録、維摩経などを引き、それらのなかにツァラツストラとの一致点を見つけている。
 
 予が高校時代の親友に夭折せる者あり。予はその稀有の学徳と才幹を愛惜して已まず。戦火の苛烈になりし頃、一夜その友とニイチェを論じて天明に至りしことも今猶記憶に新たなり。思へば亡き数に入りてよりはや二十有余年、墓木すでに拱せり。落葉の舞う今日このごろその墓に詣で、一炷の香を焚き泉下の亡友のためこの懐かしき一節を低誦してやりたきの念禁ずる能はず。 

 最後は、その夭折の親友に寄せる思いが七言絶句で読み上げられてある。

 私は偶然にも、この本間翁の隣に住まいを得て近隣知己の間柄になったが、もし高校時代に師として出会っていたら、その「学徳と才幹」に触れてどのような青春時代になっていただろうかと思う。
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 Naosumiさん(左)が、若き研修医をともなってやってきた。外科医としての激務をこなしながらも、3児の子育て中の充実の日々が表情に表れている。
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 おなじみのカサブランカ・ダンディーOtakiさん(右)と私を「釜爺」と命名したEijiさん(左)。そして中央は『夏のフォト日記』(2012年8月21日付け)でも紹介した「オーストラリアさん」。今回も埼玉からバイクで来て「芭蕉ゆかりの宿・井筒屋」に宿泊だったかは聞き漏らした。しかし、OtakiさんとEijiさんともすぐに親しくなった社交性は、やはり旅の達人なのだ。
「やはりここ(夭夭亭)へ来なくてはね・・・」と嬉しいことばを残していった。
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 連休中のビッグイベントは「魚祭り」への参加だ。これは旧山北町の寝屋漁港で18年前から行なわれている漁師たちの意気が溢れる一大イベントだ。地元産の魚介類を大量に廉価販売するのをメインに、地元の中学生による吹奏楽演奏や歌謡ショウなどがあり、せり売り体験や漁師料理がふるまわれたりする。
 毎回、欠かさず参加している私たちは、ひとしきり船上でカニやエビをぱくついた後、市内に近い海岸に移動してBBQパーティーとなる。
 それぞれの家族の恒例行事になっていたりして、18年の間にはその家族にも変化がある。ドクター・Murayamaも孫を伴なうようになった。
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 遅くなっての帰郷で「魚祭り」には参加できなかった娘たち夫婦や孫たちと近くの山居山へタケノコ狩り。今年は例年になくタケノコの生長が遅いようで収穫も少なかったが、大勢での山歩きは楽しい。愛犬ナメローも元気についてくる。
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 連休も終わり、静かな日常が戻ってきた。誰が撮ったのかカメラに異様なものが写っていた。「魚祭り」の会場に展示されていた名前もわからない深海魚のようでもある。
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 タイトルは『覚他の門』からで、「この軽快なる足取り、颯爽たる風貌を看過すること莫れ。禅語に尽十方界真実人体とあり。宇宙を吾が全身となせる者の姿にこそ自由の真義を見るべけれ」と続く。
 本間翁は禅門に入ったことがあると聞いた。本間家の客間の柱に「白雲自怡」と読める短冊が掲げられてある。「白雲は自ら楽(怡」)しむ」という意味らしい。宇宙と一体になった悠然とした境地につながる言葉だ。

 
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by yoyotei | 2013-05-11 15:45