<   2014年 09月 ( 1 )   > この月の画像一覧

 

九月という月は

c0223879_15531884.jpg

 向かって右側の二人はAida夫妻。「お盆だから休みかもしれない・・・」と思いながら、ただただ夭夭亭へ行くことだけを目的に新潟市から電車に乗ったのだという。以前に情報誌「CARREL」で知り、ブログも読んだ上での初来店だった。ありがたいことだ。
 左側は香西夫妻。こちらも初来店だが、まったくの飛び込み。夫婦二組が初来店でカウンターに並んだ。香西さんの名刺にははディレクター/ステージ・マネージャーの肩書きがあり、夫人のKiyoeさんは、かつて歌舞伎関係の仕事をしていたという。それがきっかけで、Aida夫妻と会話が始まった。両夫人とも舞台にはくわしく、歌舞伎をはじめとして、宝塚歌劇やミュージカルにも話題は広がった。
 香西夫妻も電車で来ていた。帰る時刻になって、4人は仲良くタクシーに乗り合わせて村上駅へ。そして同じ最終電車で帰路についた。電車の中でも会話が続いたことだろう。印象深いショート・トリップになったと思う。
c0223879_5165679.jpg

 東京から帰省した三女は二人の子供を母に託して、父の店で同窓生たちと飲み会。中学高校時代には我が家に出入りしていたあの子この子も、すっかり大人に。でも、彼女たちは店でも私のことを<マスター>ではなく<おとうさんと>呼ぶ。
c0223879_16282295.jpg

 村上大祭にも帰郷していた相馬さんが、お盆にも帰郷して同窓生たちと顔を見せた。この夜は割烹「千渡里(ちどり)」の長女歩(あゆみ)さん(左)、添川さん(鉢巻姿)さんと、同じ細工町衆の交歓となった。この時季、地方の飲み屋には懐かしい顔が集う。画像からはずれてしまったが、右端にはもう一人、相馬さんの同窓生がいた。彼は「故郷を離れていった私たち、その故郷へ他所から移り住んでがんばる人がいる」頭が下がりますといった感慨をもらした。私のことだ。がんばってはいないのだが・・・。
c0223879_6234939.jpg

 土浦の今井さん、お久しぶりでした。はがきを受け取りました。ありがとうございます。私信に公開のブログで返信するというのは礼を失するものかもしれません。ご寛恕下さい。
 実は先日、ご存知の「大町文庫」(村上市大町にある私設文庫)で、二人の講師による学習会がありました。講師の一人は八木絹さん。八木三男先生の一人娘です。フリーの編集者をしながら、平和や女性問題に取り組んでいる彼女の、この日の報告は『「慰安婦」問題の現在』。
 もう一人の講師は平井文子さん。報告は『「アラブの春」と激動の中東』というものでした。平井さんはアジア・アフリカ研究所所員で、千葉大学、法政大学などで講師を歴任。2003~04年には日本学術振興会カイロ研究センター所長をつとめられた人です。
 私は学習後の<飲み会>準備のために参加はできませんでしたが、参加者によれば、談論風発で終了予定時刻を大幅オーバーとのことでした。
c0223879_16112247.jpg

c0223879_1615156.jpg
 
  談論は<飲み会>でも止むことがなく、風貌からは想像できない平井さんの精力的な話っぷりには驚嘆しました。左から2人目が平井さんです。
 右端には八重子の刀自も・・・。その刀自も村上を離れて絹さんの近くに転居することになりました。風情のある、あの八木邸はこれからどうなるのか・・・。気になるところです。
c0223879_6563446.jpg

 平井文子さんの著書「アラブ革命への視角/独裁政治・パレスチナ・ジェンダー」です。国際情勢のなかでも特に中東、パレスチナ問題は理解が難しい、と感じるのは私だけでしょうか。学習の手引きとして精読したいと思っています。
c0223879_17203629.jpg

 学集会の翌日、平井さんからの<パリ土産>が店に届いていました。フランスにあこがれ、大学ではフランス文学を専攻した平井さんが、パレスチナや中東問題に研究対象を変更した過程が、著書の「あとがき」に述べてあります。また、1975年にアレキサンドリアで開かれた「アジア・アフリカ女性シンポジウム」に参加した平井さんが、「最も感銘を受けたのは、美しい民族衣装を着たアフリカ代表の女性たちの威風堂々とした立ち居振る舞いであった」との記述もあります。私も国際空港などで、何度かそうしたアフリカ女性たちを見たことがありますが、まったく同感です。あの堂々たる存在感はどこから来るのでしょうか。
「3人の子育てに次ぎ、姑と夫の看病をしながらの研究」(「あとがき」)を続けている平井さん。女性には頭の下がることが多い今日この頃です。私なんぞは先月末、また一つ馬齢を重ねただけで面目次第もありません。(馬には失礼な言い回しですが)。旅先の福島から、星に託していただいたであろう今井さんの<お祝い>も、夜空を見上げることすら失念しておりました。
 ところで、三瓶山です。登頂したことはありませんが、山裾に広がる<西の原>は、私が初めて馬に乗ったところです。当時は、学友たちと三江線の粕淵駅から土ぼこりの道を歩いて<定めの松>を目指し、夕刻になると山の端に沈む夕日の茜空に追い立てられて、粕淵駅への帰路を急いだものでした。親三瓶、子三瓶、孫三瓶と三つの頂を持つ三瓶山。機会があれば、どうかその穏やかな山容を楽しんできて下さい。
 追伸/元農産学校は、後に農林学校となり、県立川本高校を経て、現在は「島根中央高校」になっています。
c0223879_11431070.jpg

c0223879_1146116.jpg

 舞踊研究所の生徒たちと、山形県酒田市の<希望ホール>の舞台を体験した。酒田出身の歌手岸洋子のヒット曲「希望」から命名されたという<希望ホール>。間口18m・奥行18mという舞台の広さにも驚かされたが、袖や、袖につながる控えスペースの広さにも・・・。客席で聴いた<音>のすばらしさにも魅了された。
<希望ホール>の玄関脇には赤と黒の巨大な獅子頭。由来が書いてあったようだが見逃してしまった。今井さんへの返信、その冒頭の大口を開けた獅子は村上の七夕祭のものである。
c0223879_122078.jpg

c0223879_624353.jpg

c0223879_6275941.jpg

 かわって、こちらのステージは夭夭亭のカウンター内。歌うのは<京都の妖精>こと、はつ菜さんだ。金沢でのライブを終えた<しんいち&はつ菜>父娘が、北海道への移動途中に立ち寄って<投げ銭ライブ>となった。はつ菜さんは、昨年についで、二度目のカウンター内ライブ。自作の歌は約40曲というはつ菜さん。私の印象に残っている歌詞の一部はこうだ。

 私は運命のなんとやらなんて信じてない
 そう簡単に安心なんてできない
 何度だって転ばせてよ
 何度だって傷つけてくれたっていいよ
 何度だって立ち上がってみせるから
 ねえ、ほらっ・・・。
                                      「Resilience」から
   
「Resilience]は「復元力」「回復力」といった意味だろうか。はつ菜さんが歌うと、少し自虐的に聞こえる。
<吟遊詩人>の父しんいちさんは、娘にステージを奪われた格好だが、この夜は島倉千代子の「愛のさざ波」の替え歌を披露した。<この世に神様がほんとうにいるなら、原発やめさせてよ戦争やめさせて>といった社会問題を扱った1曲。
 以前、京都の新聞に、沢田研二の憲法9条に言及する歌についての記事が載った。知人から、その新聞の切抜きをもらったことがあった。どこかにあるはずなのだが・・・。このことについて、しんいちさんに聞けばよかったと、今気づいた。

 土浦の今井さんから葉書をもらったことが、今回のブログ更新の異例の早さにつながった。とは言ってもすでに9月。
「9月は(中略)月はじめには、まだ真夏の続きといった感じだったものが、月の終わりには老人へは朝夕は羽織るものを着せるのである」とは、露伴の娘、幸田文の晩年の随筆の一文だ。(『季節のかたみ』講談社1993)
 遅寝早起きが常態化している私だが、今の時期の早朝はすでに<羽織るもの>が欲しい。「物事も季節もしっかりと足の下に踏み敷く気でいなければ、九月という月は扱えない」(同)というほど、9月は変化に流されやすい月だという。メランコリックになるのもこの時季にありがちなこと。そうした心持が、また酒をうまくさせるのだろうか。
 明日の日曜日は「生活と健康を守る会」の恒例になった「ハゼ釣り交流会」だ。今回の会場は瀬波温泉の海岸。あらかじめ釣っておいたハゼをてんぷらにして食し、かつ飲む。今年の私は、<あらかじめの釣り>には参加できなかったが、他の会員たちが釣りためている。潮風の中でグラスを重ねていると、ヘロヘロになっての後片付けがつらい。その後は、飲み足りない数人が、私の自宅で二次会となる。酒を「足の下に組み敷く気でいなければ・・・」だが、それができればなあ・・・。

 
[PR]

by yoyotei | 2014-09-06 07:11