<   2014年 10月 ( 1 )   > この月の画像一覧

 

やすらいだ歓喜

c0223879_18134398.jpg

c0223879_18165038.jpg

c0223879_18111064.jpg

ハゼという魚が魚屋やスーパー・マーケットの鮮魚コーナーに並んだのを見たことがない。ハゼは自分で釣るか、釣り人から頂戴するかしなければ食することはできない。ちなみにインターネットの料理レシピで「ハゼの甘露煮」を検索したら、最初に①食材調達/<ハゼを釣りに行く>とあって、驚くと同時に笑った。おまけに川岸の風景と釣人の画像まで添えてあった。
 となれば、日差しを避けたテントの下で潮風に吹かれながら、揚げたての<ハゼのてんぷら>を食すというのは、これはこれである種の<贅沢の極み><至福のひと時>であろう。恒例になった「ハゼつり交流会」だが、今年の私は、1匹も釣らずして、ビールを飲んでいる目の前に<揚げたて熱々のハゼ天>が提供される、という果報を味わった。終了後は、私の自宅で<ご苦労会>となり、やがて目覚めると、一人ソファーに轟沈していた。これも恒例のことである。
c0223879_18573277.jpg

c0223879_18502957.jpg

 この日は、ママさんコーラス「クリスタル・ボイセス」の定期発表会だった。打ち上げ二次会での<若々しい>顔・顔・顔だ。月に1度、東京から帰郷して指導に当っている大滝さんは、その度に店に顔を出すが、この夜の彼は、この上ないほどの上機嫌だった。なにしろ美女たちの中の男一人。上機嫌にもなろうというものだ。発表会も盛況だったのだろう。
「一曲・・・」と所望すると、英語版の<虹の彼方に>を歌ってくれた。容姿、たたずまい、澄んだ歌声、美しいハーモニー。<心が洗われる>のであった。
c0223879_17145587.jpg

c0223879_1924150.jpg

 日曜日はサッカーチーム「エスペランサ」の打ち上げ。こちらは、紅一点<ななちゃん>が加わって、男たちのテンションも絶好調。なかでも、チームリーダーのNakatukaさんはノリノリの饒舌ぶり。それを聞き逃さなかった私は、1週間後に迫った「村上・笹川流れ国際トライアスロン大会」実況担当のMCを依頼した。躊躇なく「私でいいなら」と快諾。さすがスポーツマン、うじうじしないのが気持ちいい。
 そうした男たちの中にあって、美人薬剤師<ななちゃん>は泰然自若。ニコニコしながらゆっくりとグラスを傾ける。この日のドリンクはタンカレーの「ジンバッグ」で、画像にあるように一升瓶の冷(ひや)ではない。幼少のころの彼女とは<コンテンポラリー・バレエ>の舞台仲間だったこともある。あれから幾星霜、「うーむ」なのである。
c0223879_9224573.jpg

「村上・笹川流れ国際トライアスロン」の大会前夜の楽しみのひとつが、Takasakiさんの来訪だ。彼はJTU(日本トライアスロン連合)の専属カメラマンとして、国内外の大会を撮り続けている。もちろんオリンピックにも欠かさず随行している。
 カメラマンとしてのTakasakiさんはともかく、スポーツ、スポーツイベント、選手の育成強化など、彼の見識に教えられることは多い。年に一回だけの、しかも、どちらかといえば<スポーツオンチ>の私が、トライアスロン競技の実況MCとして20数年も続けてこられたのには、こうした人たちの数多くのサジェストがある。
 さらに、私が舌を巻くのは彼の多分野に渡る博識ぶりだ。この夜の会話の後半は、私が島根県出身ということから日本神話になったが、出雲大社の社殿が<大社造>、伊勢神宮が<神明造>などと言及されて、舌も巻いたが、兜も脱いだ。私生活はあまり語らないTakasakiさんだが、高校・大学時代は山岳部で鳴らしたようだ。酒の知識も豊富で、飲み方も粋。この夜はタンカレー・ジンを冷やしたソーダで割り、フレッシュ・ライムを浮かべた。
c0223879_925767.jpg

 カメラマンのTakasakさんがホテルへ引き上げた直後、東京から来たトライアスロン大会の役員・競技委員の数人が来店した。1年に1度しか顔を合わせない人たちだが、「どうもっ!」「よろしくっ!」といった短い挨拶で、大会前夜の<あごがため>。なにやら<同窓会>の趣もある。
c0223879_19132593.jpg

 トライアスロンのMCメンバーだ。
 近年、私の視力障害はかなり深刻だ。右目が<網膜中心静脈ナントカ>で、視野の中心部の画像が大きく歪む。矯正はできず、回復困難と医師から通告されている。もともと強度の近視、さらに老眼。競技の実況は、無線で入ってくる情報をキャッチしながら、まず遠くから近づく選手たちを判別し、手元の資料に目を移す。そして目前を通り過ぎる選手たちの表情などを伝えるというふうに、MCにとって<見える見えない>は重要な問題だ。
 それでも2年前からは、東京のプロのMCが白熱するエリート選手の競技を実況してくれるので大助かりだ。したがって、私は一般アスリートの<出場申し込み書>に記載されたコメントなどを伝えることを中心にしている。もっとも、それが、当地でトライアスロンが開催された20数年前からの<元祖私流MCスタイル>だ。そんな私を支えてくれるのがボランティアの若者たち。私の左側の女子二人は地元の「新潟リハビリテーション大学」の学生・歩実さんと市の職員・留衣さん。右側は初めてタッグを組んだプロMCの茂山さん、その右が今回MCデビューの「エスペランサ」チームリーダーのNakatukaさんだ。物怖じしないでマイクに向かうNakatukaさんの<確かな存在感>。いづれ私の後任をお願いしたいと思っている。
 後方には、スタート地点のスイム会場担当MCのYamada&Izumiコンビの姿もある。Yamadaさんは宿痾(しゅくあ)の腰痛をかかえていて、MCも<今年限り>といっている。
 
 1000名ものトライアスロン愛好者たちが<出場申し込み書>に記載する<自己アピール>には、「がんばります」「完走を!」などといったシンプルなものから、自分の人生や家族への思いを記したものまで多彩だ。事前にすべてのコメントに目を通しておき、競技では選手の通過に合わせて、レースナンバー、氏名、出身地、<アピール・コメント>などを紹介する。だが、選手たちが集団で走り抜ける場合は、レースナンバーすら、コールできないこともままあるし、コメントを紹介できてもほとんど早口言葉のようなものだ。
 ここで、大会で披露できなかったものも含めて、コメントの一部を紹介しよう。
<女子>
「温泉、地酒、塩引き鮭、地の魚など、毎年楽しみにしています。地元の方々の声援も糧に、今年もがんばりま~す」(島根県・41歳)
「瑠美奈(るみな)にカッコイイところを見せる!」(山形県・25歳)
「5年前、父に連れられて応援に行った村上大会のおかげでスポーツに興味を持ちました。今度は自分が完走したいです!」(神奈川県・28歳)
「小学生のときから母の応援でトライアスロンに関わってきました。最近は私も始め、一緒に試合に出ています」(香川県・30歳)
「2年前に初めて村上大会に出場し、大会運営のホスピタリティの素晴らしさに感動しました。今年は初めて夫と共に出場予定です」(東京都・36歳)
「初トライアスロン。ドキドキですが完走目指してがんばります」(埼玉県・40歳)
「旦那に引きずり込まれました。夫婦で完走します」(宮城県・44歳)
「レース後は夕日を見ながら温泉に入りたい」(神奈川県・40歳)
「継続してきたことが今の元気につながっていると思う」(千葉県・68歳)

<男子>
「昨年デビューした大会が村上国際でした。美しい夕日と風情ある町並みは感動的でした。一回り成長した自分と、大学時代の同級生に会えることを楽しみにしています」(東京都・35歳)
「妻に村上大会の素晴らしさを聞き、今年初めて夫婦で参加予定です」(東京都・37歳)
「出場が抽選による大会が増え、運が悪いと一度も出場できずにシーズン終了ということも。村上はいちばん恋焦がれ目標とする大会です。絶対出場したい」(長野県・52歳)
「今年から新社会人となり、自分と縁のある村上大会に出場し、新たな自分を見つめ直したいともいます」(新潟県・24歳)
「祖母が眠る瀬波の街を、祖母の一周忌の命日当日に走ります。おばあちゃん、応援よろしくね」(東京都・31歳)
「今年入籍しました。村上は母の実家であり、結婚とあわせて、トライアスロンで結果を出して、先祖にいい報告をできればと考えています」(東京都・33歳)
「子供にガンバル父親を見せたいですね」(東京都・39歳)
「40歳の節目の年に、挑戦することの大切さを娘に見てもらいたい」(長野県・40歳)
「競技終了後の達成感、満足感が好きで続けています」(神奈川県・45歳)
「中学校の教員をしています。自分のパフォーマンスを通して教え子に夢と感動を与えたいと思います」(新潟県・50歳)
「東日本大震災で我が町はなくなり、親戚・知人がたくさん亡くなりました。トライアスロンもできないくらいお金もなくなり・・・。14年前の古い自転車で思いっきり走ります」(岩手県・53歳)
「亡き妻との思い出のある村上にぜひ参加したくお願いいたします」(東京都・55歳)
「家内の実家が村上で、義理の母に見てもらいたくて!」(山梨県・56歳)
「今回のゴールで記念すべきトライアスロン100回完走ゴールとなります!ちなみに初大会は第1回村上大会です」(新潟県・59歳)
「美しい瀬波海岸の温泉へ妻を連れて行きたい」(山梨県・63歳)
「村上はわがふるさと。思い出を拾いながら旧村上高校グランドへフィニッシュ」(千葉県・65歳)
「今年も孫を連れてゴールです」(東京都・66歳)
「人生は挑戦だ!人生はスポーツだ!100歳までトライアスロンをやります」(新潟県・78歳)
「ボランティアに感謝し、美しい自然の中、笑顔でゴールしたい」(新潟県・79歳)

  コメントを紹介しながら、ウルッときたり感動をもらうことも少なくない。「がんばれ!」「お疲れさん!」と声をかけることもしばしばだ。参加者ひとり一人の、トライアスロンにこめた思いを伝えられたら、と願っている。
 定員をオーバーする申し込みのため、今年はおよそ200名が抽選落ちで参加がかなわなかった。
c0223879_6551586.jpg

c0223879_6571594.jpg

 週末の夜、<いい男たち>が集まった。向かって左から、Hide、白い顔のアグリッパ(デッサン用の石膏像)、Isiguri、Honda、Ootaki、Murataのおなじみ各氏。そして右端は、結婚を1年後に控え、13連休をとっての一人旅だという、広島県福山市出身で滋賀県在住のKataokaさん。この夜は、立ち寄った割烹「千渡里(ちどり)」にお泊りとなった。アットホームな「千渡里」さんの<おもてなし>にはファンもリピーターも多い。
 この夜は、結婚して当地から離れている産婦人科医のYumiちゃん(2枚目右端)が、千渡里ママ&娘Miyakoと突然の来店。そこで「石亀ママ」と来ていた<ミュージシャンOtaki>はギターを手に歌い出した。(これからは大滝さんを<ミュージシャンOtaki>と称することにした)
 そして、<ミュージシャンOtaki>の歌声とともに秋の夜は更けていくのであった・・・
c0223879_10304410.jpg

 土浦の今井さんからの私信に、公開のブログで返信をしたら、「光栄です」とのお許しをもらった。それへの返信をまたもブログでと考えていたら、立て続けに4通の葉書が届いた。さらには、葉書ではなく、なんと<本人>が村上にやってきた。10月2日のことだ。「大町文庫」で会い、八重子の刀自を訪ね、刀自手作りの<スムージー>なるものをいただきながらの談笑。ほどなく後日を約し、村上駅で彼を見送った。
 8月末には「松川(事件)記念塔建立50周年・記念学集会」(於・福島大学)日帰り参加、9月半ばには甲斐駒ケ岳登山、そして秋田からの帰路の村上下車。軽快なフットワークで動き回り、神出鬼没もかくやの今井さんだ。

 さてここからは今井さんへの返信です。
 金子兜太翁の新聞記事は私も読みました。実は9月25日に「むらかみ9条の会」では、新潟市から弁護士・新潟県「9条の会」事務局長・工藤和雄さんを招いて講演会を行いましたが、その折の冒頭の挨拶で、金子兜太翁と作家いとうせいこう氏の終戦記念対談(『東京新聞』)を紹介しました。また、三橋公民館(さいたま市)の俳句サークルが選んだ「梅雨空に九条守れの女性デモ」が月報へ掲載されなかったこと。金子翁がよく取り上げる「戦争が廊下の奥に立ってゐた」(渡辺白泉)という俳句にも触れました。9月20日付けの今井さんの葉書がヒントになりました。ありがとうございました。
 俳優の宝田明さんが戦時中、村上に疎開していたことは、八重子刀自との話にもあったように、当地の高齢者の中にはよく覚えている人もいます。『平和と命こそ~憲法九条は世界の宝』という著書があったことは知りませんでした。
 10月10日、ノーベル平和賞の発表がありました。「憲法9条」は受賞を逃しましたが、候補にあがったことだけでも歴史の流れを感じます。<武力に依らない平和の希求>。スキヤキ、スシ、カラオケなどもいいが、<キュウジョー>が平和を願う世界の人々の<合言葉>になればいいですね。水戸黄門ばりに、戦争をしている国に対して、「この<キュウジョー>が目に入らぬか!」「へへっ」・・・。
 そんな中で、昨日村上市議会から「請願審査結果について」の通知がありました。「むらかみ9条の会」は、今年5月に「集団的自衛権に関する憲法解釈変更に反対する」とした請願をおこないました。継続審議になっていたものが9月の総務文教常任委員会において審査未了となったとの通知です。<理由>は「今後、関連法令の改正整備が行われる状況において、当委員会として判断する立場にないとの結論に至ったため」とあります。私には<判断放棄>としか思えませんが・・・。
 それにしても、<審査未了>は審査が終わらないというのが言葉の意味です。しかし、事実上は<終了>という意味で使われているようです。
<キュウジョー>は受賞を逃しましたが、マララ・ユスフザイさんとカイラス・サティアルティさんの受賞は喜ばしいことです。マララさんの国連でのスピーチ、今回の受賞にたいするコメントなど、短いフレーズで強い説得力があります。日本でも、これから生まれる女の子に<まらら>と命名する親がいるかも知れません。
 1991年以来、何度かインドを訪れましたが、さまざまな見聞のなかでも、働いている多くの子どもたちの存在はショッキングでした。インドで児童労働に反対している人権活動家カイラスさんの受賞もうれしいことです。
 教育と人権意識の向上は、<平和>への道程に欠かすことのできない重要なものです。
 さて、日中のカマジイ(釜爺)勤務と夜間の飲み屋家業とで、長く旅行から遠ざかっていますが、今月末に福岡へ行きます。同窓会参加のためです。前夜の<博多屋台荒らし>を含めて2泊3日ですが、今から携行品のチェックに余念がない私。台風の来襲が続く日本列島。天気好かれと祈る、ワクワクの私でもあります。
 駆け足で過ぎてゆく日月(じつげつ)。今年も残すところ3ヶ月足らずとなりました。寒さに向かいます。ご自愛を。先日の<特定検診>で身長が2センチも縮んでいることが判明しました。あのソウマ・ジョージ氏は体力増強のためにお城山登りを日課としたそうです。
<出直しの1月>楽しみにしています。
c0223879_953177.jpg

 追伸<南部せんべい>をカマジイ勤務の職場へ持って行きました。みんなが大好きというのに少し驚きました、<南部せんべい>にはファンが多いことを再認識しました。ありがとうございました。
c0223879_10534879.jpg

 富山市から「千渡里」さんと「夭夭亭」に行くことだけを目的に、村上へ車を走らせたという三人さん。左からMasamiちゃん(47歳)、Shinちゃん(49歳)、Nakaちゃん(65歳)。年齢も職場も違う3人は、居酒屋で出会った飲み仲間ということだった。
 この日は、地元の酒造会社「大洋酒造」で、利き酒などのイベントがあり、そこからの帰り客が大挙しての入店。その中の一人、外科医のドクター・Murayamaは、富山3人組に、珍しい<十年古酒>をふるまい、利き酒でゲットした賞品の酒をプレゼントした。3人さんにはいい思い出になったにちがいない。旅先での親切なふれあいは、心に沁みる。私にとっても<いい出会い>になった。Murayama先生ありがとう。 
c0223879_9322743.jpg

 苫小牧からトウモロコシが送られてきた。送り主は、かつて村上市にある建築資材会社の支店長だった和田さんだ。風貌・声・話し振りなど、その存在のすべてが個性的で、一度でも接触したら忘れられない人物だ。全国区で転勤を続けてきた人だけに、その地方や人に溶け込んでいく技量はなかなかのものだ。そうしたことも努力と経験を経て獲得していく<技(わざ)>であろう。和田さんありがとう。いつかまた。
 今月末に博多へ行くよ。博多には和田さんの馴染みの店、馴染みのママはいなかったかなあ。
 トウモロコシの脇の袋はIshiguriさんの<新米>。すでに胃袋に納まった。うまかった。ありがとう。
c0223879_22513211.jpg
 
『我が母校・黒川俣小学校に、「校舎改築記念大家真蹟屏風一双」という宝物があることを知ったのは、つい5年前のこと。初めて見たときの、驚嘆・呆然・感動・・・言葉では表現できない心の揺れを忘れることができません』
『銀屏風物語-黒川俣の宝物-』の前書きに、編集委員長の大滝友和さんは、そう記している。
「銀屏風は明治32年に当時の黒川俣小学校の改築落成を記念して黒川俣村民から贈られたとされる六曲一双のもので、渋沢栄一や福島安正、品川弥二郎ら当時の国内各界著名人が揮毫した色紙が敬90枚も表面に貼られている」(地元紙/「サンデーいわふね」)
 隣家の故・本間桂さんがその最晩年に漢文解読に協力したこともあり、また私が大滝友和さんと本間桂さんとを引き合わせた縁もあって、冊子の完成刊行には特別の感慨がある。
「冊子には、銀屏風が寄贈からこれまでに辿った経緯、色紙の人物の同定と書かれた内容の解析などを詳細に記載」(同)「最大の謎といえる<新潟県北の小村に、なぜこれほどの人物の色紙がよせられたのか>については、調査をもとに2つの有力な仮説を提示している「(同)。
 大滝友和さんの<はてなの探求精神>が、冊子刊行へ向けた地域ぐるみでの取り組みを後押ししたにちがいない。郷土史愛好家だけでなく、日本の教育史研究者にとっても興味深い「調査報告書」だと思う。冊子は1部1000円で頒布している。申し込み・問い合わせは大滝さん電話0254(53)1936へ。
c0223879_772437.jpg

 1度の旅は3回の喜びをもたらすという。ワクワクする計画段階、本番の旅そのもの、そして旅の思い出に浸るとき。ドクター瀬賀を中心とする5人は今年春、スペインの旅を楽しんだ。そして、この夜は、共に旅をしたメンバーが、写真などを持ち寄っての旅の思い出語り。飲むのはスペイン産のワイン。訪問した土地や名所の名前が飛び交う会話から、楽しさが伝わってくる。旅の記憶はいつまでたっても鮮明だ。
c0223879_7141164.jpg

青年はふらっと風のように入ってきた。「瑞慶覧(ずけらん)さんに聞いて来ました」というのが第一声だった。<岐阜県立森林文化アカデミー>の学生・笠木遼一さんだ。沖縄出身の瑞慶覧明子さんは、結婚して大田姓になり村上に住んでいる。今年の3月のブログで紹介したが、東京外語大学でヒンディー語を専攻したという、インドオタク(?)の私にとっては憧れの存在だ。笠木さんは、そんな彼女と山古志(新潟県長岡市)で出会った。この日は都合悪く彼女とは会えなかった笠木さん、大学では林業再生という難しい課題に取り組んでいるという。彼の出身が岐阜県の恵那市と聞いてアッと思った。恵那市出身のフォークシンガー笠木透に結びついたからだ。
 関川村で開催された<笠木透と雑花塾>のコンサートを観たのは何年前だろう。平和、憲法9条、障害者、自然を歌う笠木透に感動したことがある。
c0223879_83475.jpg

c0223879_82226.jpg

c0223879_820720.jpg

c0223879_8154673.jpg

 今回のブログで、9月21日のサッカーチーム「エスペランサ」の飲み会の様子をアップした。しかし、あまりにも更新が遅いものだから、同チームの10月12日の試合後打ち上げ飲み会を、また紹介することになった。前回の<紅一点>はななちゃん。今回はトライアスロン大会でMCスタッフだった歩実さんと留衣さんが参加した。MCデビューしたNakatukaさんは、すでに課題が見つかったようで、来年もMC担当としてマイクを握ってくれそうだ。それにしても、みんないい笑顔だ。
c0223879_723273.jpg

 文章が長くて更新が遅い私のブログ。それでもやっと更新できそうだ。
 8月に新潟市から電車で来てくれた会田夫妻だが(前回ブログに掲載)、10月11日にはプログラマーの夫が一人、やはり電車で来て電車で帰っていった。介護師の奥さんは夜勤だとのこと。それにしても遠路をわざわざ来てくれる人がいる。定休日はともかく、不定期に店を休んではならないと思うのだが・・・。
c0223879_117521.jpg

「十月はなんといっても、実の月、種の月。実を得、種を得る月なのである。気の晴れ晴れする収穫、心やすらぐ収納、十月はうれしい月である」(『季節のかたみ』幸田文著・講談社/1993)
「春の芽の萌え出ずる時には、勇みあがる活気があり、秋の実をとり入れる時には、<やすらいだ歓喜>がある」(同)
 台風19号がまもな関東を直撃し、新潟県も明け方にかけて甚大な影響が懸念されている。すでに大雨、暴風などの警報も発令された。
 次回は<福岡・博多>の報告となるであろう。ごきげんよう。
[PR]

by yoyotei | 2014-10-13 23:25