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たまたま逢(あ)えば庚申(かのえさる)

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 埼玉県狭山市のマスダさん(左から二人目)とチビさん(右)が、今回は現役東大生のナオヤさんを伴ってやってきた。過去の来店ですっかり顔なじみになったミカさん(左)が、今回も<おもてなし係村上代表>である。
ナオヤさんは経済学部で学んでいるが、卒業後は出版関係を志望している。奈良の出身と聞いたが、話す言葉に関西訛りはない。明るいキャラクターに加えて、適応力や即応力を備えた好青年だ。
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 適応力や即応力ならチビさんも負けてはいない。くわえて物怖じしない社交性もある。<たまたま>隣に座ったワカコさん(中)とユカリさん(右)ともすっかり打ち解けた。飲み屋のカウンターはこうしてちょっとした知り合いになる所でもあるし、こんな出会いが結婚に発展したこともあった。
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 ヒデさんとタカヨさんの結婚を祝う仲間たちだ。二人の出会いは<たまたま>だったのだろうか。女優北川景子との結婚を発表した、歌手でタレントのDAIGO的コメントをすれば「YKT.YKT!」。つまり「よかった、よかった!」だ。「少しのユーモアと少しの忍耐。それに少しの幸運があれば結婚生活はうまくいく」と言ったのは誰だったか。結婚や結婚生活への適切なアドバイスほど難しいものはない。幸運を祈る!
  この夜はヒデさんの空手の先輩ノブユキさん(左から二人目)と、やはり空手仲間でヒデさんの兄シンちゃん(左)も来店していた。私の知人が紹介する女性とノブユキさんとの出会いを演出しようとの目論見があったのだ。しかし、それは直前になって頓挫した。<たまたま>二人が小学校からの同級生で、互いによく知っていることが判明したからだ。笑って終わった見合い計画だった。
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 私が釜爺勤務をするホテルの<清掃・設備係>では、10年以上も勤めた二人がそろって退職した。代わりに勤めた人が<介護離職>で愛知県から帰郷したこと、さらにそれにともなう<介護離婚>だったことは前回のブログに書いた。ところが、もう1人の新規女子社員と、この男子社員が<たまたま>小学校からの同級生だったことが顔を合わせてからわかった。およそ50年ぶりの再会だった。ノブユキさんに限らず、地方の小さな町では、こんな<たまたま>もある。
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 この日、サッカーのクラブチーム「エスペランサ」は年内の試合がすべて終了した。どうやら負け試合だったようだが、ともかくも打ち上げの飲み会である。チームリーダーのナカツカさんは、昨年のトライアスロンでは私と一緒にMCをつとめてくれた。しかし、今年は<たまたま>サッカーの試合と重なってMCができなかった。来年は当てにしている。
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 町内のソエカワさんが、東京に住む甥の佐藤豊さんをともなって来た。タブレットには新潟県知事やロシア政府関係者とのショットがあった。詳しいことことは聞かなかったが広範な交友関係を持つ人のようだ。
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 合気道の達人、小林夫妻である。夫人が胸に抱いているのはウサギのグレイ。村上の秋のイベント「宵の竹灯篭まつり」の帰途に立ち寄ったカヨさんの同棲相手だ。抱き上げるとおびえるように絡みついてくる。
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「父が宝田明さんと一緒に遊んだ仲間でしたが、今回の講演会の折に宝田さんと会える時間はあるのでしょうか」との問い合わせがあった。父は鈴木清一さん、市役所勤務の現役だった頃は夭夭亭にも顔を見せていた。娘の清美さんも夭夭亭が同窓生たちとの飲み場所だった時代がある。
 旧満州ハルピンから引き上げ、3年近くを父の故郷村上で過ごした宝田さん。少年時代の友人たちとの再会は宝田さんんも望むところだった。 
 母の入院で帰郷した清美さんを、父清一さんと共に宝田さんが夭夭亭に案内したともいえる。
 ところで、アメリカのアツコさん!清美さんが連絡を取りたいといっています。
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 かくて、「宝田明講演会」は少年時代の仲間たちとの交歓会から始まった。
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「さすがですね」と、小声の言葉を交わしながら舞台の袖から講演を見守る瀬賀さんと私。瀬賀さんには実行委員長をつとめてもらった。
 宝田さん一家は旧満州ハルピンで終戦を迎えた。しかし、銃を持ったロシア兵が人家を襲い金品を強奪する。女性を乱暴する。逆らえば撃ち殺される。宝田さんの家にもロシア兵が・・・・。明少年のこめかみに冷たい銃口があてられる。<殺される・・・>。恐怖で身体が震える。ガチッガチッと自分の歯が鳴る。<間>。客席が水を打ったように静かになる。しわぶきひとつも聞こえない。500人を超える聴衆全員が息を止めて、宝田さんの次の言葉を待つ。
 腹部に銃弾を受けた明少年は麻酔もない中で、裁ちバサミで肉を切り開いて銃弾を取り出された。筆舌に尽くしがたい痛みと肉を切る音を宝田さんは、今も忘れないと語る。時にロシア語、時には中国語を交えながらの臨場感に満ちた話。
 ようやくにして引き上げてきた父の故郷村上。魚の行商で生活を支える母を手伝う明少年。東京で俳優になったいきさつ。そして、強い平和への希求。どんなことがあっても戦争をしてはならない。戦争は消えない憎しみを残すだけだと宝田さんは強調した。
 「むらかみ9条の会」からの強い要請。縁(ゆかり)の地村上。そうしたことで実現した今回の講演を宝田さんはミュージカルのワンシーンのような歌で締めくくった。圧巻だった。
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 講演終了後のサイン会には長蛇の列ができた。宝田さんの<崩れない>丁寧な対応は、人としてのあり方をも、私に教えるものだった。「不戦不争」が大きく書き添えられた言葉だった。
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 宝田さんよりも10歳以上も若い私が年長者のようにくたびれた表情だ。若い頃は俳優たちの酒豪番付で横綱を張ったという宝田さんは飲んでも変わらない。
 この日、宝田さんは朝の新幹線で東京から新潟市へ着いた。昼食後ホテルの車で村上に到着。その後は市内でテレビ撮影。休む間もなく講演会場入りし、旧友との交歓。打ち合わせ。1時間30分の講演。サイン会。ホテルでの私たちスタッフとの打ち上げといった多忙さ。俳優は体力勝負ともいわれるが、さもありなんだ。
 翌朝、宝田さんはホテルを7時に出発して新潟市のテレビ局へ。午後はまた講演といったスケジュールをこなして東京へ帰っていった。
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「おっぱいが解禁になったの」とサチコさん。ドキッとしたが、第3子が乳離れをしたので飲酒が解禁になったということだった。アラサー・アラフォーの子育てママさんたち。左前から右回りにサユリ、ミキ、キョウコ、サチコさん。ママさんたちの子育て談義はとどまることを知らず、時間が過ぎていく。
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 孫娘のひとりが所属する劇団の、今年の公演は「モモ」(ミヒャエル・エンデ作/栗田芳宏脚本・演出)だった。原作は時間に追いまくられる現代人(時間‐金という捉え方もある)を風刺・問題視したものとして、日本でも人気がある。不思議な魅力を持つモモという少女と街の子どもたちや人々とのかかわり。時間泥棒の存在。昨年の「コルチャック先生と子どもたち」同様に子どもたちが主役でありながら、そのテーマは重く難解だ。
 右のパンフレット「ガリレオ裁判」は劇団ひまわり新潟エクステンションスタジオ所長でもある栗田芳宏氏が主宰するKURITAカンパニーの11月講演のものだ。
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 打ち上げパーティーでは劇団員全員が次々とマイクを握って、思うところを話した。「わたし本当はモモを演(や)りたかった」と胸中を打ち明けた少女もいた。配役は子どもにとっても大きな関心事だ。私の孫は今回もせりふのない<街の子どもたち>だった。それもいい、と私は思っている。劇団員の中には身体に障害を持つ兄弟もいる。舞台には車椅子で上がった。そうした人たちとも一緒にひとつの舞台を作り上げる。そうした体験こそが重要だ。健常者だけで社会や物事が成り立っているわけではない。孫娘にはそうしたことも掴み取ってほしいと思う。
 演劇は総合芸術といわれる。役者のせりふや動き、音楽や照明。舞台に上がる人も、それを裏方で支える人もあってこその舞台だ。企画段階から宣伝や多方面へのアプローチ。財政や会計処理など、さまざまな分野でさまざまな人たちが関って舞台はできる。そのことを体験し、実感として捉えられたらいいと思う。それは「宝田明講演会」で、あらためて私が実感したことでもある。
 昨年に続いて今年も打ち上げパーティーに参加した私は、所長の栗田芳宏さんと<たまたま>顔つきが似ていたために、栗田さんや他の「KURITAカンパニー」のメンバーにもしっかり顔を覚えられていた。
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 11月には「大滝舞踊研究所」の発表会がある。今回、私の出番は昨年同様「居場所」(エリナ・ファージョン作「マローンおばさん」より)の天国の門番聖ペテロ役だけだ。主宰者の大滝千津子さんが、夫である前村上市長の病気とそれによる市長辞職などで、新しい作品作りに専念できなかったのだ。舞台美術の仕事も今回はない。それでも稽古が始まった。
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 昨年のペテロ役では短い台詞を間違えた。少しの出番でも気を抜いてはならない。上は昨年の舞台写真。
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 ところで、先夜、武田さんという人が、常連の一ノ瀬さんと来店した。新潟県の森林研究所に勤めている武田さんは自分で見つけたブナの<あがりこ>を熱く語った。<あがりこ>とは写真のように伐った痕から枝が伸び、それを何度か繰り返すうちに巨大な瘤のようになったものをいう。巨大な瘤は地表面から上に形成される。積雪があるうちに伐り、雪上を滑らせて運び出すのである。ブナは主として薪炭用に伐採されたようだ。「あがりこ大王」と呼ばれている山形県と秋田県にまたがる鳥海山の<あがりこ>に対して、武田さんは自分で見つけた村上市のものを「あがりこ女王」と名づけた。
 この武田さんが「居場所」でマローンおばさん役をつとめるタケダさんの夫だった。これも<たまたま>というべきだろう。
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 左手前から右回りにルミ、カオル、マリ、ミワコさんの女性4人に、マサキ、カズヒロさんの男性2人。ルミさんとカズヒロさんは夫婦。ルミさんとマリさんは姉妹という関係。マサキさんの博識で確信に満ちた話し振りと、女性たちの都会的なたたずまいが印象的だった。ルミさんたちがこの夜の飲み場所を、はじめから夭夭亭と決めていたのか、あるいは<たまたま>だったのか。気になるところだ。
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 今年の2月、私の店に「むらかみ9条の会」のメンバーが集まったときに、<たまたま>宝田さんの話が出た。昨年の12月3日NHKテレビに生出演した宝田さんが平和について語り、選挙にまで言及したことだ。
『「無辜(むこ)の民が無残に殺されるようなことがあってはいけませんね。国家の運命というのは、たかが一握りの人間の手によってもてあそばれている運命にあるんですよ。だから間違った選択をしないよう、国民は選挙を通じて、そうではない方向の人を選ぶのか、あるいはどうなのか……』
 宝田さんが言葉を継ごうとすると、聞いていた男性アナウンサーが突然、「その辺は各自、思うところがあるでしょうから、個々の選択がありますけどね……」と、制止するかのように割って入った。さらに「戦争を知っている世代として、これからもいろんな演技を見せていただきたいです。ありがとうございます」と、コーナー終了を“宣言”してしまったのだ。
 私は<たまたま>この番組を見ていた。宝田さんが村上に縁(ゆかり)のあるベテラン俳優だとは知っていたが、この時まではそれだけだった。宝田さんへの見方が変わった瞬間だった。

 土浦の今井さんからも「村上で宝田明さんの講演をやったらどうですか」との葉書をもらっていた。
 釜爺勤務のホテルで洗い場を担当している女性が前から2列目で講演を聞いたという。「よかったあ!」と言ってくれた。宝田さんと村上で同じ時間を共有し、戦中戦後を生き抜いてきた人たちから「ありがとう」とお礼を言われた。「むらかみ9条の会」だけではない、個人として実行委員会に加わった人たちの<思い>が結集し、結実したことを喜びたい。
 10月9日付の今井さんからの葉書の末尾に「新しい歴史の<芽>が見れました」とあった。「宝田講演」のことではなかったが、私も新しい<萌芽>、あるいは<息吹>を感じている。結実した果実からは種が生まれる。種は新しい芽を吹く。11月14日、報告と実行委員解散会をする。うまい酒が飲める。


「たまたま逢(あ)えば庚申(かのえさる)」
 庚申の夜は寝るものではないとされ、特に男女の交会は禁じたことから、間の悪い時には仕方がないものだということ。しかし、予期することが実現するとか、実現してよかったという気持ちを表すこともある。折よく、運よくなど。大慈恩寺三蔵法師伝承徳三年点ー「属(たまたま)有道に逢ふ。時惟(ときこれ)我が皇なり」
                                      (『日本国語大辞典』小学館)
 明日は胃がん検診を受ける。したがって今夜は飲食ができない。胃がんの心配はさほどないが、<目>は相当の不自由をきたしている。
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by yoyotei | 2015-10-26 07:59 | Comments(0)