インド①

先月、インドで出会った女性から,立て続いて2通の便りがありました。
一通は、昨年11月バラナシのゲストハウスで出会い、ビールを飲んだりガンジス河でボートに乗ったりした、いずみさんから。

「雪が降ったら新潟へスノーボードをしに行きます」
と言っていたのが、
「妊娠しちゃいました。もうすぐ生まれます」という便りでした。

もう1通は、ひとみさんから。
5年も前になるかな。
「昨夜インドヘ着きました」という、当時女子大生の二人組みの一人。
今夜の成田行きに乗るという僕と、ニューデリーの「ゴールデンカフェ」(日本人バックパッカーが多い)
で会ったのです。
その後、二人は2,3度僕の店に来て、何日か店の2階に泊まっていきました。
インドの安宿と同じ、寝袋で一泊10ルピー(?)ですから。
ひとみさんからは「結婚しました」との報告でした。
2015年1月には「ゴールデンカフェ」で会いましょう、という約束があります。

二人からのめでたい便りでした。

僕が一人インドへ旅立ったのは1991年です。なんと44歳のバックパッカーの誕生でした。
もちろんインドは初めて。
ずっと後になって、バックパッカーにとって、インドはチャンピオンコースだと知りました。
1ヶ月の旅でしたが、体調を崩して、後半の一週間はほとんどバナナと水だけで移動していました。
帰国する日を毎晩指折り数えて待ち望んでいました。
それがどうでしょう。
成田へ到着したとたん「また行くぞ!」という気持ちがムラムラと沸いてきたのです。
以来インド通いが始まり、インドをライフワークにしようと決心しました。

どうしてインドなのか?よく聞かれます。
「印度放浪」などの著書がある藤原新也氏は「なぜインドへ行くのか」と聞かれて
「負けに行く」と答えています。わかるような気がします。
44年も日本で生きてきて、社会性や常識、善悪の基準などもわきまえているつもりが、インドでは通用しないことが多い。
神秘なんてのはどこにあるのか。あるのは混沌と喧騒。夢とロマン?
そんなものはどこに?あるのはあからさまな貧困と露骨な差別と排除。
浄と不浄?不浄だらけではないか。心のふれあい?金品にかかわる欺瞞ばかりではないか。
日本でいくら人生経験をつんできても、インドでは徹底的に打ちのめされる。
「負かされて」しまうのです。

しかし、しかしなのです。

10数億の人々が、そのインド世界で生きているのです。
欧米人はインドを「アナザー・ワールド」と表現します。
自分たちの常識や価値観がちがうということであれば、確かに「別世界」なのでしょう。

でも、僕は必ずしもそのようには思いません。
僕自身をふくめて人間が持っている普遍的で根源的なもの、それは善なるものだけではありません。
どのような国にも存在する機会の不均等や貧富の差。
自分たちのなかにもある差別意識。社会悪。
そうしたことが、インドでは粉飾されることなく、まさにあからさまに路上に投げ出されているのです。
(ちょっと時間がなくなりました。つづきは後ほど)
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by yoyotei | 2009-11-13 23:12  

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