犬のボトル

久しぶりにカールが店に来てくれました。カールはトイプードルです。
「カールがここに引っ張ってくるのよ」
飼い主さんはそう言うことがよくありました。でも、その夜は飼い主さんの仲間たちと一緒でした。
そこで、僕のエッセー『にんげん曼荼羅』から、カールも登場した「犬のボトル」です。

   にんげん曼荼羅(2006年1月)
                        犬のボトル

店の棚に犬の名前のキープボトルが二本ある。犬がやってきてボトルをキープするはずもないから、もちろん飼い主が愛犬の名前を書いているのだ。一本は「カール」、もう一本は「ロコ」と記されてある。

カールは店に来るようになって二年近くになる。濃いグレーの毛をいつもきれいにカットされ、耳に小さな花飾りをつけた姿は、どう見てもおしゃまでエレガントなパリジェンヌだ。黒曜石のような黒いぬれた瞳で見つめられると思わず抱きしめたくなるが、カールは人間だと30歳近いオス犬である。
カールのご主人はウイスキーをボトルキープしている数少ない女性客の一人だ。カウンターで水割りを飲むご主人の隣にちょこんと座り、チーズやフランスパンをもらって夜の時間を人間たちと共有する。
夜が更けて、人間たちの会話が弾んでくると、カールは椅子の背もたれに顔を預けて目をしょぼつかせる。それでもご主人の「カール、帰ろうか」の声に、シャキッと立ち上がり、小さな尻尾を振る。
体高25センチのカールが、ゆらゆら揺れるご主人を、軽やかな足取りで導いて帰路につく。首輪に取り付けられた小さなライトが点滅しながら闇の中を遠ざかる。
「カールおやすみ。ちゃんと連れて帰るんだよ」
今年の村上大祭で、藍染の法被を着たトイプードルがいたら、それがカールだ。

ロコは飼い主のSさんと夜の散歩の途中、早い時間に何度か立ち寄っていた。盲導犬として、その高い能力や優しい気質が知られているラブラドール・レトリーバーという犬種だが、訓練を受けていない若いロコは少々落ち着きがなかった。それだけにSさんは、いつもドアを細めに開けて「いい?」と私の了解を待って店内に入れた。
Sさんが飲んでいる間、ロコは床に伏せって待つのだが、すぐに立ち上がって散歩の続きを催促する。
「わかった。わかった」
Sさんは落ち着く間もなく、ロコの引き綱に引かれて店を出て行く。

その後、Sさんは商売がいきづまって、突然姿を消した。ロコが一緒だったかどうかはわからない。
あれから3年になる。棚のボトル「ロコ」は、今も飼い主の帰りを待ち続けている。

                                                    
Sさんとロコの消息は今も詳しくわかりません。「ロコ」のボトルはさすがにもうありません。
カールはご主人の趣味である「ウオーキング」にいつも付き合わされています。何十キロでも平気で歩くそうです。
そのご主人は50歳を過ぎてからクラシックギターを始めました。数十万円もするギターを所有しておられます。弾かせてもらったことがありますが、音の良さに愕然としました。なにしろ僕のギターは、質流れ品で数千円のものです。
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by yoyotei | 2009-12-21 20:50  

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