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酒賛歌

 一年に一度だけ毛筆を執ります。店のドアに貼り付ける新年のあいさつです。もとより書を習ったこともなければ、悪筆は自認しています。にもかかわらず数年来、唯一の僕の新年行事になっています。
 今年は元旦早々、筆に墨を含ませました。「頌春」と大書し、晩唐の詩人李商隠から一節を添えました。

   縦使花兼有月 可堪無酒又無人 というよく知られた詩です。
  「縦使(たと)え花有り兼ねて月有らしむるも 堪う可けんや 酒無く又人無きに」

 一週間ほど掲げていましたが、来店の客に目をとめてもらえたかどうか・・・。
「(田舎では、春、様々な花が咲き、夜の月もひときわ澄明で美しい)しかしながら、たとい花があり月が輝いても、共に酒を飲みつつ鑑賞する友がいてこそ、心もほぐれはするが、その酒もなく友も居らず、どうして春の風情に堪えようか」  (注釈・高橋和巳『中国詩人選集15』岩波書店)

 繊細で、ときに退廃的な色彩が濃いとされる李商隠です。この詩には、母の喪によって故郷に帰り、蟄居していたという背景があります。寂寥感が漂いますが、酒場の主人としては、「花より団子」的解釈で、「酒があっていっしょに飲む相手や仲間がいれば最高!」と、きわめて享楽的に新年のあいさつとして使いました。

 酒や飲酒を賛美する詩は古今東西、数多くあるようです。
 なかでも、十一世紀ペルシャの詩人オマル・ハイヤームの『ルバイヤート(四行詩)』は、僕のような商売にはうってつけの飲酒賛歌です。

  墓の中から酒の香が立ちのぼるほど、
  そして墓場へやって来る酒のみがあっても
  その香に酔い痴れて倒れるほど、
  ああ、そんなにも酒を飲みたいもの!

 詩人としてのみならず、哲学、数学、天文学など、多方面にその才能を発揮したハイヤームは、そもそも異民族であったアラビア人の宗教であるイスラム教に対して強い反感を持っていました。唯物論、無神論を根底にした哲学者であった彼は、イスラム教の禁酒に対しても強烈に反抗し酒を讃えたのでした。

  魂よ、謎を解くことはお前には出来ない。
  さかしい知者の立場になることは出来ない。
  せめては酒と盃でこの世に楽土をひらこう。
  あの世でお前が楽土に行けるとはきまっていない。

  酒を飲め、土の下には友もなく、また連れもない、
  眠るばかりで、そこに一滴の酒もない
  気をつけて、気をつけて、この秘密 人には言うな・・・
   チューリップひとたび萎(しぼ)めば開かない。

 人間存在への懐疑、そして厭世的ですが、酒が重要な楽観的アイテムとなっています。
 つぎは僕の好きな二つの詩です。

  われは酒店に一人の翁(おきな)を見た。
  先客の噂をたずねたら彼は言った・・・
   酒を飲め、みんな行ったきりで、
   一人として帰っては来なかった

  恋するものと酒飲みは地獄に行くと言う、
  根も葉もない戯言(たわごと)にしかすぎぬ。
  恋する者や酒飲みが地獄に落ちたら、
  天国は人影もなくさびれよう!

*『ルバイヤート』(オマル・ハイヤーム 小川亮作・訳 岩波文庫 1986)
 「ルバイヤート」は英訳本(イギリス詩人フィッツジェラルド)からの重訳で、明治41年に蒲原有明が日本に紹介したのが最初だそうです。原典(ペルシャ語)からの日本語訳はこの小川亮作が最初とされています。彼は新潟県の村上市周辺の出身だということが近年判明しました。
 昭和22年8月20日に脱稿されています。僕が生まれる9日前でした。関係ありませんね(笑)

by yoyotei | 2010-01-12 13:35 |  

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