国境の運び屋

  かつて、インド・ネパール国境、インド・パキスタンの国境を徒歩で越えたことがある。インドとネパー ルの国境はスノウリという小さな村だった。私が訪れた1993年には、国境といっても踏み切りの遮断機のような横棒が渡してあるだけだった。それも頭上にあがりっぱなしになっているので、旅行者は国境脇の小さな出入国管理事務所で簡単な手続きをすますと、だれもいない国境を普通に歩けば隣国なのだ。村人は自由に行き来をしていた。
 そのような牧歌的なインド・ネパール国境と違って、インド・パキスタン国境はいちじるしく趣を異にしていた。なにしろ、1947年のインド・パキスタン分離独立以来、北部カシミールの帰属をめぐって、3度にわたる印パ戦争など国境紛争が繰り返されてきている両国だ。
 その日の早朝、パンジャブ州最大の都市アムリトサルのバススタンドから国境の町アターリーに向かった。国境はアターリーのバス終点から歩いて30分もかかるらしいが、運転手は国境までバスを飛ばしてくれた。しかし、出入国管理事務所が開くまでにはかなりの時間があった。旅行者はおろか、人の姿も気配もない。近くには食堂のような建物があるが、そこもまだ閉まったままだ。10月の北インド。朝はかなり冷え込む。衣類を着こんで時間が経つのを待つしかない。辺りはまばらに潅木が立っているだけの荒涼とした原野が広がるだけだ。
 ようやく一台の車が到着した。降りてきたのはドイツ人の旅行者で、車で旅をしているという。
「インドはひどいね。交通ルールがまったくない!中東はガソリンが水より安いんだ」
 そんな話をして時間をつぶしているうちに食堂が開いた。熱いチャーイを飲みながらトーストをほおばっていると店の男がビールをすすめてきた。
「パキスタンでは酒は飲めないよ。ラストビールだ」
 イスラム教国のパキスタンでは酒が飲めないことはわかっていた。太陽が上がって気温も上昇してきた。ビールを頼んだ。インド特有の重い味のラストビールを飲んでいると、男は、今度はウイスキーを買って行かないかという。
「ウイスキーもあるのか?しかし酒は持ち込めないだろう」
「問題ない、税関はノーチェックだ」
 男はさらっと言ってのけた。
 酒飲みの血が騒いだ。パキスタンに何日滞在するかは決めていないが、まったく酒なしというのもさびしい。値段を聞くとちょっと高いが、ウイスキーを買うことにして金を渡した。男は金を握り締めると自転車に飛び乗って走り出した。ウイスキーは食堂にはなく、町の酒屋まで買いに行くのだった。金を持ち逃げ?との疑いもあったが、しばらくすると男はウイスキーを大事そうに抱えて帰ってきた。

 国境が開いた。私はリュックから取り出した寝袋にウイスキーを巻き込んでぶら下げた。ノーチェックだ、と男は言ったが、もし税関で所持品を調べられても寝袋の中までは気がつくまいと、さりげなさを装うことにしたのだ。
 木のベンチが並んだオフィスでの出国審査が始まった。服装からするとインド人らしい女性と中東あたりの男のカップルは、係官との長時間のやり取りの末に、別室に連行された。なにやら複雑な事情のようだ。ドイツ人の車は数人の係官にあちこちと調べられている。緊張して待つ。そして私の順番がきた。係官はパスポートを眺めながら聞いてきた。
「インドはどうだった?」
「オー、ベリーナイス!」
 私は笑顔をつくって応じた。トン!とスタンプが叩き押された。
 オフィスを出ると広い舗装道路がパキスタンに向かって伸びていた。準戦時体制にある両国は、国境に緩衝地帯が設置されている。道路脇には銃を持った警備兵が何十メートルかごとに立っている。そのつど警備兵はパスポートの提示を求める。
 どのくらい歩いたのか。さえぎるもののない太陽が容赦なく照りつける。汗をぬぐいながら何度もパスポートを提示する。
「ようこそパキスタンへ」と英語とウルドゥー語で書かれた派手なゲートが見えた。そこが緩衝地帯の中間点で本来の国境線なのだ。ゲートをくぐると警備兵の制服が変わった。ゲート脇の警備兵はインド側もパキスタン側も儀礼的な意味があるのか、やたらとカラフルだ。パキスタン側でも警備兵はインド側と同じように数十メートル毎に銃を持って立っていて、パスポートの提示を求める。
 道路はだれも歩いていない。戦争になればこの道路を戦車や装甲車が走るのだろう。なにを手間取っているのかドイツ人の車はいっこうに姿を見せない。

 パキスタンの入国管理事務所に着くと小さな部屋に誘導された。部屋には大きな机に制服を着た大柄でヒゲ面の男がドカッと座っていた。
「そこに座ってくれ」
 リュックと寝袋は後ろの木製ベンチに置いて、男の前の椅子に座った。パスポートを一瞥すると入国管理官はにこやかに語りかけてきた。
「私の友人が日本に住んでいる。日本はいい国らしいね」
 暇を持てあましているのか、男はどうでもいい話をだらだらと続ける。酒を違法に持ち込もうとしている私は、できるだけ友好的に応じる。
「ところで、この国には酒は持ち込めないが、あんたは持ってはいないだろうな」
 <とうとうきたな>
「もちろんだ!私は酒は飲めない」
 平然として嘘を言った。
「よろしい・・・」
 男はにこやかに雑談を再会した。
 しばらくすると、男はゆっくりと立ち上がって、私の後ろに回った。そして、やにわに寝袋を両手でガシッと掴んだ。
「これはなんだ!」
 万事休すだ。子どものいたずらがばれてしまったどころではない。酒は飲めないとしらを切った私は50近い中年男だ。恥ずかしさが全身を貫いた。しかし、と考えた。
<酒の持込を企んだくらいで逮捕拘禁ということはないだろう。せいぜい没収されるくらいだろう>
「すまなかった。しかし、数日後にはこの国境をまたインドに向かう。それまでここに預かっておいてくれないか?」
 私は、恥ずかしさを覆い隠すようにまくしたてた。しかし、係官は、預かることはできないと言う。 
<しかたがないか・・・。酒は没収されてもパキスタンへ入国できればそれでいい>
 そう考えたとき、一人の男が声をかけてきた。
「私はあなたを助けたい」
 その男は、私を入国管理事務所に招き入れた男で、その後も事務所の中でうろうろしていた。しかも、係官の制服ではなく、ワイシャツを膝まで長くしたようなイスラム教徒の普段着である。
<助ける?それほど自分は危機的状況にあるのか・・・>
 私は男の顔と、係官の顔を交互に見た。係官はなぜか私にうなずいて見せた。男が私を隣の部屋に導いた。人気のない、椅子も机もないガランとした部屋だ。どういう展開になるのか想像もつかない。
 立ったまま向かい合うと男が小声でささやいた。
「あのウイスキーはいくらで買ったんだ」
「は?」
<値段を聞いてどうするんだ>」
 わけがわからないまま、私は値段を言った。すると男は意外なことを口にした。
「その値段で私が買ってあげよう」
<いったいどういうことなんだ。没収されるか、入国を拒否されてインドへ返されるか、なんらかの制裁を課せられるのもしかたがない>
 そこまで、観念していたのに、「助ける」ということと、「ウイスキーを買ってやる」ということの関連がわからない。
 私はしばらく呆然とした。しかし、打つ手はない。パキスタンへのウイスキー持ち込みはできない。それを買うというなら、しかも値切るでもなく私の言い値で買うなら文句のつけようがない。私は腹を決めた。
「わかった、売ろう」
 男は係官のいる部屋へ行くと、すぐに金を持ってきた。
 あらためて入国係官の前に行くと、彼は何事もなかったかのようにパスポートにトンットンッと押印した。リュックの中身は調べもしなかった。そして私に笑顔を向けた。
「パキスタンを楽しんでくれ!」

 乗り合いの小型バスに押し込まれて、ラホールの町を目指しながら考えた。あの係官はリュックの中身は調べようともせず、迷うことなく寝袋を掴んだ。彼はそこにウイスキーが隠されていることを知っていたのだ。インドの食堂でウイスキーを寝袋に巻き込むのを見ていたのは、「問題ない、ノーチェックだ」と言ってウイスキーを買わせたあの男だ。もし、あの男がパキスタンの係官か、あのイスラム服の男に、「日本人が寝袋にウイスキーを隠してそちらに向かった」と連絡を入れたとしたら・・・。
 それにしても没収すればいいのではないか。安くはない金を払ってまで買い取るというのはどういうわけなのか。
 土ぼこりを巻き上げながら小型バスは悪路を飛び跳ねるように走り続ける。後部の女性専用席には顔を覆った女たちが身を寄せて座っている。
 だが、と私はさらに考えをめぐらせた。没収ということになれば、係官はなんらかの書類をつくらなければならない。没収の記録は残り、ウイスキーは廃棄などの公的処分ということになる。民間人の秘密裏の売買となれば、あの入国係官がなにも見なかったことにすれば事はすむ。飲酒を戒めているイスラム教国であっても密かに酒を飲む連中はいるのだろう。闇で取引されるウイスキーは高値になる。私の言い値で買っても充分な儲けになるに違いない。係官と男はグルなのだ。炎天の緩衝地帯を汗を拭きながら歩いた私は、ウイスキーの運び屋にされていたのだった。

 その夜、ラホールの裏町の屋台で羊肉のカレーを食べた。歩き疲れて空腹だった私は、屋台で出された水をおもわず飲んだ。その後、古い廃墟のようなYMCAの宿舎で一晩中、激しい下痢に襲われた。小さい裸電球の薄暗い共同トイレに何度もしゃがみこみながら、ラホールの美術館で観た、あばら骨の浮き出た「苦行するブッダ」の黒光りのする像を思い浮かべた。ヒゲ面の男たちだけが行き交う夜の繁華街。居酒屋風の店では、ジュースを飲みながら大声で語り合う男たち。どの男たちも無個性な同じイスラム服だ。黒い旗を掲げてデモ行進をする黒い服を着た男の集団・・・。パキスタンを歩き回る興味も、元気も失せた。インドへ帰ろうと決めた。
 翌日の昼、パキスタン国境の出国管理事務所に行くと、私からウイスキーを買ったあの男がいた。男は数十年来の知己のように近づいてきた。
「今度いつパキスタンへ来る?」
 私は黙っていた。来る気はなかった。男が続けた。
「今度来るときにはインドの週刊誌を買ってきてくれないか。金は払うよ」
   
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by yoyotei | 2010-04-03 14:45  

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