海は傾きて陸地をひたせり

 確定申告を済ませた後の解放感で、いよいよ春が来たと思ったやさきのことだった。防災無線が、いきなり「大地震!大地震!」と叫んだ。叫び終わらないうちにグラッときた。揺れは長かった。揺れながら、妻は「外へ出た方がいい?」と不安を口にし、判断ができないまま私は犬を抱き上げた。揺れがおさまってから、ようやく外に出て隣家に声をかけた。「ありがとうございます。かなりの揺れでしたね」と、老いた元高校教師の声が台所の窓越しに返ってきた。

 それからはテレビから目を離すことができなかった。大津波警報の発令。高いところに非難しろとのアナウンサーの必死の呼びかけが繰り返される。港や海岸を動き回る人影や車に、妻も私も「早く逃げろ!」と、かれらには届かないと知りつつ叫んだ。わずかな時を経て波が海が魔物となって地上のものを飲み込んでいく。車が家が流されていく。これは現実なのか。

 マグニチュード9.0、国内最大、巨大津波、未曾有、死の波、この世の地獄、壊滅的被害、予想外、驚愕・・・・。そして、原発緊急停止、爆発、白煙、必死の給水・・・。「なお孤立救えぬ命」「救援物資の輸送困難」「足りぬ医薬品」「寒い眠れない、凍える避難民」・・・。テレビ、新聞の切実な言葉が文字が過酷な被災者の現状を伝える。
 
 しかし、絶望の淵から立ち上がるのも人間だ。そして、被災者への支援の輪がうねりのように世界中へ広がってきた。3月17日の読売新聞「編集手帳」は次のように書いた。『イタリアでプレーしているサッカーの長友佑都選手がピッチで掲げた「日の丸」には<一人じゃない みんながいる!>とあった・・・。いま、こうして書いていて、文字がにじんでくる。あの地震がおきてからというもの、涙を燃料に毎日を生きている。そんな気がする』。
 それは私も同じだ。テレビの画面に、またラジオの声に涙を流す日々を送っている。地獄を見た寡黙な被災者を支えようとする人々。発露される人間の「善」。呼びかけあい響きあう人間の「愛」。

 そんな中での石原東京都知事の「津波は天罰」との発言。非情で無慈悲な言葉だ。それこそ津波のように押し寄せる抗議の声に陳謝せざるを得なくなったのも当然だ。朝日新聞「天声人語」(3.17)は『方丈記』(鴨長明)を引いた。「[21]おびただしく大地震(おおなゐ)ふる事侍りき。そのさま、よのつねならず。山はくづれて、河を埋(うづ)み、海は傾(かたぶ)きて、陸地(くがぢ)をひたせり」とある。元暦二年(1185)の大地震の情景だ。「天声人語」は引用しなかった次の[22]には「その中に、ある武者のひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、築地(ついひじ)のおほひの下に(略)、遊び侍りしが、俄(には)かにくづれ、うめられて、跡かたなく、平にうちひさがれて(略)、父母(ぶも)かかへて、声を惜しまず悲しみあひて侍りしこそ、あはれに、かなしく見侍りしか。子のかなしみには、たけきものも恥を忘れけりと覚えて、いとほしく、ことわりかなとぞ見侍り」とある。父母が抱きかかえて、大声で泣き悲しんでいたのは、なんともかんとも言いようもなく、あわれなことだと、子を死なせた悲しさには、勇敢な武士でも、人の見る目を恥じる気持ちも失ってしまったのだなあと思われて、気の毒で、こんなに嘆くのももっともだと、同情の眼をそそいだものだ。「無常」をつづる長明であっても、悲嘆にくれる人々に心を寄せざるを得なかったのだ。
 あれから10日が過ぎ、8日目になって若い男性が救出され、さらに20日には祖母と孫の2人が救出された。人間の生命力とあきらめない強さ。幸運にまた涙ぐむ。
 一方で死者と行方不明者は増え続ける。ある新聞のコラムにあった。「世界最大級のマグニチュードなら、復興のためのエネルギーも愛も世界最大級にしなくては」と。
 道路をひた走る「緊急輸送」「災害支援」のトラック。その頼もしさにまた涙が滲んでくる。なのに充分に物資がいきわたっていないという。
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 それにしても、平凡な日常のなんと有難いがたいことか。だが、それを分からせてくれるのにこれほどの犠牲はいらない。   
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by yoyotei | 2011-03-21 17:53  

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