縁起のいい客

c0223879_2001797.jpg

 吉村昭のエッセイ集に『縁起のいい客』というのがある。目次を見てもこのタイトルのエッセイはない。タイトルにつながるものがエッセイ全体を貫いているのかなと思いながら読み終えたが、それも読み取れなかった。そこで、私の店にとっての「縁起のいい客」を考えてみた。
まず足繁く通って金を使ってくれる客。これはなんといってもいい客だ。だが、「縁起がいい・・」となるとちょっとちがう。縁起が悪い、縁もない、縁起物などと並べてみると吉凶の前兆ということだ。別に物事の起こりや由来、また『信貴山縁起』など、それを記したものという意味もあるが、これはこの際、無関係だ。

 たとえば、その客が来ると急に店が忙しくなるというのは、いいことの前兆であるから「縁起のいい客」ということになろう。

 20数年前、30歳前後の男客が一人で来店した。はじめての客で、まだほかに客はいなかった。しばらくいたがほかに客が来ない。
 男が言った。
「この店、ヒマですね」「ええ、まあ」と私(こんな客にどう対応すればいいんだ?)。
 男は続ける。
「ぼく、ヒマな店が好きなんですよね」(わからないでもないが・・・)
「この間まで、三条にいたんですが、こちらに転勤になりまして。時々来させてもらいますよ」
「ありがとうございます」(しかし、どこか暗いなあ)
「三条にもひいきにしていた店が何軒かあったんですよ」
「はあ、そうですか」「でも、みんなつぶれたんですよ。ヒヒヒヒ・・・」「ギャーッ」
 最後の「ヒヒヒ・・」は嘘だが、それ以外は事実だ。幸いその後その客は来なかった。だから私の店は、なんとか存続している。「縁起でもない客」「縁起の悪い客」の代表例だろう。大量の塩を撒かねばなるまい。
c0223879_2051023.jpg

 暇つぶしに描き続けているものだから顔の表情が日々変わっていく。どこへ行き着くのか・・・。
c0223879_2011937.jpg

 8月になった最初の夜、2人の男客が来店した。同じ細工町の割烹「千渡里(ちどり)」さんから紹介だ。父と息子の2人旅だという。Amanoさん親子である。川崎からと聞いたがまちがっていたらごめんなさい。息子さんは営業でインドへ行ったことがあるという。防犯カメラの重要部品を売り込むのだという。急速な経済成長と格差、それにともなう犯罪。私はかつてインドで銃を持った門番を雇っている人と話したことがある。「妬みから嫌がらせがあるのです」と、そのホテル・オーナーは言った。防犯カメラはインドではこれから需要があると思う。
 やはり長く営業で働いてきた父親の、息子を見る眼がやさしい。

 
c0223879_2014645.jpg

 翌日も「千渡里」さんからの紹介で、狭山市(埼玉)からMasudaさんが一人旅での来店。
 いろいろ話したのにみんな忘れてしまいました。あなたの立派なカメラであなたを写しましたが、写ってました?
c0223879_20241496.jpg

 両手でVサインが割烹「千渡里」の長女歩さん。左端が彼女の夫君Takaさん。他の男たちは20年来のお得意さんだとか。「千渡里」さんにはそういうお客が多い。いい客であり、いい縁起をもたらす客でもある。あやかりたいものだ。
[PR]

by yoyotei | 2011-08-06 20:24  

<< 第3回/プレミアム・パーティ 台風一過 >>