童女昇天

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「先生、私死んでいるの生きているの?」
 死の直前、彼女は医師に問うたという。医師のS氏は「大丈夫ですよ奥様、ちゃんと生きておられます」とこたえた。
-生と死の間にはさほどの距離も、大きな溝もないではないかと思いました-
 弔辞の中でS氏はそう述べた。

 隣家のEmikoさんは4ヶ月前に救急車で家を出て行った。そして、8月31日の深夜、葬儀屋の車で布にくるまれて帰ってきた。数日前から高知に住む長男やカナダ在住の次男夫婦が、まさに生死の境を漂っているその間に帰宅していた。彼らと共に通夜、葬儀の段取りに邁進した。いつのまにか葬儀委員長という立場になり、通夜振る舞い、返礼品、お斎(とき)膳、引出物などの手配や、僧侶の送迎計画、弔辞の依頼などを葬儀屋の担当者とすすめていった。
 台風12号の影響で連日フェーン現象に見舞われ、蒸し暑い中で一連の儀式は終了した。朝晩は寒いほどに急速に秋が訪れた。名残の蝉の声に、草むらからの虫の声が混じる。長男は高知に帰った。孫たちもそれぞれの仕事に戻っていった。最後まで残っていた次男も、先に帰国した妻に、3日遅れてカナダに帰った。静かで穏やかな日常が戻ってきたようだが、隣家には86歳の男が一人取り残された。ときおり記憶の混乱をきたすことがあるという。これからはヘルパーの支えで日々を乗り越えていく。

 昨日、隣家から大きく深いため息が何度も聞こえてきた。だが、数時間後には、自転車の後ろに段ボール箱をくくり付けた86歳のKatsura先生が、家の前の道を通っていった。わが家の犬が吠えながら追いかけたが、Katsura先生は一心に前を向いてペダルをこいでいった。

 同じ道を、元気なころのEmikoさんは、小ぶりのリュックを背負い、厚底のスニーカーで歩いていた。俳句を楽しみ、絵手紙の仲間をつくり、時にはクラシックギターを奏でたEmikoさん。女学校時代に出会った高校教師と結婚して、一度としてお金を稼ぐということをしなかったらしいEmikoさん。
「わがままの言いたい放題で、困っています」。長男が入院中のEmikoさんについて語ったことがある。
 納棺師の女性がEmikoさんの顔を剃り、旅立ちの化粧を始めた。「可愛くしてあげてくださいね」。見守っていた私の妻が声をかけた。そして誰にともなくつぶやいて嗚咽した。「可愛い人だったんだよ」。わがまま放題を言い、生死の区別もおぼつかなくなり、ふだんはほとんど化粧をすることのなかったEmikoさんが、唇に薄く紅を引いてもらって、天に昇った。
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by yoyotei | 2011-09-10 09:04  

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