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人生寄(よ)するが如し 何ぞ楽しまざる

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 福寿草が咲いた。わが家の<春一番>だ。年々、花の数が増していくのもうれしい。
 周囲は<貝塚>ならぬ、まるで<胡桃(くるみ)塚>だが、リスが食べた残骸ではない。秋に妻が山で拾い集め、中身をほじくり出した、その残骸なのだ。
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 畑から立ち上る煙。桜の開花はまだだが、農家では春作業の準備が始まったのだろうか。
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 ゴルフ仲間の左から小川さん、アキさん、川崎さん。
 11世紀のペルシャ(現イラン)にオマール・ハイヤーム(1048~1121)という人物がいた。天才的な天文学者であり、科学者、数学者でもあったが、なによりも詩人であった。そのオマール・ハイヤームに『ルバイヤート』という詩集がある。それをペルシャ語の原典から日本語に翻訳したのが新潟県出身の<小川亮作>だ。
 新潟県立村上高等学校・同窓会ホームページ「同窓の勇者」によれば、小川亮作は明治43年(1910)荒川町海老江に生まれ、昭和3年(1929)村上中学校(現・村上高等高校)を卒業。その後、外交官となり、日露協会(中国黒龍江省ハルピン)でロシア語を修め、外務省留学生としてテヘランでペルシャ語を学ぶ。これを契機として『ルバイヤート』の原典と出会う、とある。
 1992年にインド旅行記「朝焼けのガンガー」を上梓した私は、章扉に『ルバイヤート』の数編を借りた。

 恋する者と酒飲みは地獄に行くという、
 根も葉もない戯言(たわごと)に過ぎぬ。
 恋する者や酒飲みが地獄に落ちたら、
 天国は人影もなくさびれよう!

 思いどおりになったなら来はしなかった。
 思いどおりになるものなら誰がいくものか?
 この荒屋(あばらや)に来ず、行かず、住まずだったら、
 ああ、それこそどんなによかったろうか!

 善悪は人に生まれついた天性、 
 苦楽は各自あたえられた天命。
 しかし天輪を恨むな、理性の目に見れば、
 かれもまたわれらとあわれは同じ。 

          『ルバイヤート』(オマール・ハイヤーム 小川亮作訳 岩波文庫)
 
 ゴルフの小川さんも、小川亮作と同じ<海老江>の生まれだ。以前、親戚ではないかと質(ただ)したことがあるが・・・。長い馴染みになった。
 川崎さんは中条ゴルフクラブに勤務している。ずいぶん久しぶりの来店だ。
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アキさんはかつて<新潟美少女図鑑>に取り上げられたことがある。笑顔が素敵で、華やかさと透明感が調和した綺麗な人だ。『ルバイヤート』ではないが、<地獄へ落ちてでも>と思う男たちが数多くいるにちがいない。もちろんアキさんが地獄へ落とすわけではない。
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 二人の日本人がIS(イスラミック・ステート)によって殺害されてから数日後、リエ&シゲさん夫妻はアラブ首長国連邦から帰国した。大手の車両メーカーに勤める夫シゲさんの出張勤務が終わったのだ。事件後は、やはり在留邦人のなかに緊張が走り、不測の外出は控えるようになったという。
 シゲさんは数年前に父親と来店したことがあると聞いた。私の記憶では、そのときサリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』が話題に上ったのではなかったか。もしそうなら、私は自分の記憶力を褒めたい。
 ジョッキをあおるのは空手を指導している、おなじみのヒロヤさん。シゲさんとは学校の同窓生だ。そのヒロヤさんに<春の兆し>が・・・・。
「誰かいい子を紹介してよ」「私にもいい人を紹介して」
 そんな同級生との会話が、結果的には互いの意思表示となったようだ。
「私じゃあ駄目?」「俺では?」
 春だ春だ、春が来た!
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 この日は県立桜ヶ丘高校の卒業式。卒業していく生徒たちにとってはもちろんのこと、送り出す教師たちにとっても万感の思いが去来した一日だろう。酒もすすむというものだ。

 人更ニ少(ワカ)キコト無シ時須(スベカ)ラク惜シムベシ
 年常ニ春ナラズ酒ヲ空シクスルコト莫(ナカ)レ
                          小野篁『和漢朗詠集』

 少年期は二度と来ないから、人は寸陰を惜しんで勤めなければならない。年に春は二度と巡って来ないから、酒盃をあげて思いきり楽しみを尽くそうではないか。いざ一献。
                     (『ことばの季節』山本健吉 文春文庫)
 平安時代には、こうした和漢の詩歌に節をつけて、酒宴などの折に吟詠することが流行した。
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 この夜の紅一点はユミ先生。この笑顔、生徒たちの憧憬の的だろう。
 前にもブログに登場し、インド旅行の話と香辛料の土産をもらった、この桜ヶ丘高校のマツモト先生。先ごろスリランカへ行ってきたとのことだった。じっくりと、旅の話を聞きたいものだ。
 1991年の最初のインド旅行の体験を生徒たちに話したのが桜ヶ丘高校だった。緊張と冷や汗の私の<初講演>だった。
 インドといえば、今年の1月23日はニューデリーのカフェ「サンライズ」で、ある人たちと会う約束があった。
 かつて何度目かのインドの旅で、日本の女子大生二人と出会った場所が「サンライズ」だった。以来、二人は東京から寝袋持参で村上を訪れ、店の2階に滞在するという、バックパッカーさながらの旅が何度か。そんなあるとき、<10年後にまた、あの「サンライズ」で会いましょう>との約束がなされた。10年前の1月23日だった。10年の間に一人は結婚して母になり、一人は世界5大陸を巡る<世界一周ひとり旅>を敢行するなどした。それでも<約束>は忘れていなかった。
 その日、私は職場のホテルにいた。携帯が鳴った。二人のうちの一人マサエさんからだった。
「どこ?」「日本」「私も、日本」「あははは・・・」
 気持ちよくいっしょに笑った。
「今度、村上行くね」「うん、待ってる」
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 由香さん(左)は中学校の同窓生たちと「夭夭亭」の一時代をつくった。月々の<誕生会>など、なにかにつけては集まり、店を賑やかにしてくれた。店のスタッフのように客の応対から、片付けや洗い物もしてくれた。そんな同窓生たちに「夭夭亭」を紹介し、現在に至るまで途切れることなく顔を出し続けているのが<ヒデさん>だ。大方は結婚したりして足が遠のいた。由香さんもそうだった。この夜は何年ぶりだっただろう。
 望さん(右)と由香さんは婚家が近所だったことで交友が生まれた。その由香さんの、思いもよらない事態となった結婚生活の話に胸を打たれた。事態の大きな変化は望さんも・・・。そして、女たちの強さに、ほとんど言葉の出ない私だった。
 この夜、<ヒデさん>は酒も飲まず、深夜の道を車を駆って二人を送って行った。
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 市内で介護施設「リブインハーモニー」を運営する佐藤さん一家とドクター瀬賀さん。この夜は小豆島産の最高級オリーブオイルを味わうために集まった。しかし、オリーブオイルのうまさは「わからん」の声がしきり。イタリア産と食べ比べても「わからん」のだ。
 由香さん、望さんも試食に参加してもらって、ようやく香りの違いが判明した。それにしても、一般的なイタリア産よりも価格が40倍も高い。やはり、よく「わからん」のだ。
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 オリーブ仲間になった由香さん&望(のぞみ)さん、そしてドクター瀬賀さん。望さんが掲げるのは、昨年秋の大滝舞踊研究所の公演、<居場所>での私の舞台写真。研究所でバレエを習っていたのは望さんだったか。
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 神戸の同窓生<哲ちゃん>から見事な牛肉が届いた。見惚れていたら<鉄牛>という言葉が思い浮かんできた。鬼籍に入って久しい私の叔父が、若い頃に仲間と「鉄牛会」という集まりを持っていたと話してくれたことがあったのだ。
『字源』で<鐵(鉄)牛>をみる。中華古今注「陝州有鐵牛廟、牛頭在河南、尾在河北、禹以鎮河患、賈至有鐵牛頌」とあり、大森曹玄解説の『碧眼録』第三十八則/風穴祖師心因に「鉄牛とは昔禹王が河の氾濫を防ぐために作ったもので、頭は河南に向い、尾は河北に向うといったとてつもなく大きな鉄の牛で、世にこれを陝府の牛という」とあった。また「祖師の心因、状(かたち)鉄牛の機に似たり」ともあったが、<禅>は私には難しいので引用は割愛する。
 また、『広辞苑』には石見の人として、黄檗(おうばく)宗の僧・鉄牛禅師(1628~1700)が載る。叔父も私も石見の産だが、「鉄牛会」命名の由来は判然としない。

「黒毛和牛」はうまかった。当地にも「村上牛」という銘柄牛があるが、オリーブオイルのように、どちらがどうというような判別はできない。どちらもうまいのだ。
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 年頭に取材を受けた「新潟粋人SUITO」2015春号が発刊された。なんとこの号をもって6年半続いた発行を休止するという。新潟発でありながら取材エリアも県外まで広げ、グレードの高い編集センスの情報誌であるだけに残念なことだ。最終号に「夭夭亭」が掲載されたこと、推薦者の吉川真嗣さんに感謝多謝だ。
 折りしも、町おこしとして吉川さんが最初に手がけた「町屋の人形さま巡り」が開催中だ。今年で16回を数える。
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 好きな俳人の一人、坪内稔典氏が書いていた。
「文学はつまみ食いをすればよい。つまみ食いをすると文学はとってもうまい」
 このブログは書物からの引用が多い。つまみ食いの為せるところだ。稔典(ねんてん)先生の「つまみ食いこそ文学の醍醐味」との言葉に励まされて、これからも貪欲につまみ食いをする所存である。1月に完成した店の「文庫本文庫」には、およそ1800冊が収まっている。少々のつまみ食い(拾い読み)でネタがなくなるような量ではない。

<鉄牛>をみた『字源』には蘇軾の詩の一節「誰能如鐵牛、横身負黄河」も紹介されていた。そこで『蘇軾』(中国詩人選集 岩波書店)を渉猟していると、「人生寄(よ)するが如し 何ぞ楽しまざる」の詩句に出会った。「一見、悲観的厭世的に聞こえる。しかし、そうではない。短い一生のうちに、人は幸福を追求すべきであって、幸福はどこにもあるのだ」(注釈/小川環樹・山本和義)
 由香さん望さん、元気で。あなたたちには「幸せ」が似合う。
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# by yoyotei | 2015-03-10 05:19  

物語は始まり、物語は終わらない。

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 義母(妻の母)の葬儀で伴僧を勤めてもらったのが福厳寺さんだったということも、それ以来の初めての来店というから、20数年が経過していることも、この夜の会話から判明した。当時は独身だった僧侶も、その間にこんな可愛い人を妻にしていた。

 放逸な夫に従って、義母は3人の子と共に婚家を出た。各地を転々としながらの一家の暮らしは貧窮を極めた。ある頃から義母は難病を患い、挙句に両眼の視力を失った。生活の困窮は限界に達し、私たち一家は新築した家に二人を呼び寄せて同居した。家の周りに雑草が生えると、義母は手探りで草取りをした。まだやわらかかった土の上に、地を這った指の痕が幾筋も幾筋も残っていた。心が痛んだが、私は黙っていたように思う。
 やがて、義母には認知症の傾向が見られるようになった。わずかな賃仕事をしながら、それでも義父は義母の面倒をよく見た。
 私が何度目かのインドの旅から帰った日の夕刻、義母はイカの刺身を喉につまらせた。救急車が到着したときには、すでに心肺停止の状態。あっけない最後だった。
 親しい友人もいない菩提寺での葬儀。私は娘や、そのいとこたちに、別れの言葉を捧げることを提案し、義母は幼い孫たちの涙交じりの言葉に送られて旅立った。そのときのことを福厳寺さんは印象深く覚えているという。
 そんなこととは関係なく、福厳寺夫妻の表情が面白い。仲の良さが伝わってくる。二人の<物語>を聞きたいと思う。
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 月の半分、日中の数時間だけ釜爺勤務をしているホテルの<研修旅行>で大阪へ行った。片道9時間ものバスの中では、ウイスキーを飲んではカラオケを歌い、眠りこけて大阪へ着いた。
 大阪駅近くのホテルで夕食をとった後、一行と別れてぶらぶらしながら、神戸からやってくる友を待った。街角で歌う青年に心を引かれて足を止めた。歌声がやさしい。歌詞がやさしい。
 
 変わらない町並み/行き急ぐ人の中 君を探す
 似ている姿見つけ/こみ上げる思いのままに
 You still in my heart
 戻ることない二人の時間
 もし会えるならもう二度と離しはしない
(略)
 君がくれた幸せの意味を
 なぜ、僕はわからずにいたんだろう・・・
<LINKS>というSHO君とMASA君のデュオ。「がんばってね」と声をかけたが、何をどうがんばればいいのだろう。
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 ここにも街角で歌う青年。私のように酒を飲んで小さな空間で歌う<おっちゃん>とちがって、聞く人の姿も見えない、大都会という巨大なステージで歌う青年。どこか悲壮感も漂うが、歌声の向こうに何かを見ているのだろう。いや、何も見えないから歌うのかも知れない。やはり足を止めてしまう。彼はこの瞬間<物語>をつくっている。そして私は心の中でつぶやく。いい<物語>が生まれますように。
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 昨秋、博多での同窓会でも親しく飲んだ<ニッシー君>は、突然の連絡にも関わらず神戸から出てきてくれた。初めに案内してくれた<立ち飲み居酒屋>は私好みの個性派。うん、そうなのだ。頭にタオルを巻いたマスターには、チェーン店の居酒屋などには絶対にない確かな存在感がある。そしてここにも<物語>があるはずだ。
「コンパニオンを呼んだからな」と言うニッシー君。現れたのは、すらっとしてにこやかな美人。娘だという。こんな美人が右端の男の娘?信じ難いが、まさか恋人ではあるまい。
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 娘の美穂子さんと、3人で次に向かった先は曽根崎新地の「やすらぎバー光(みつ」)。美穂子さん、ママの光恵さん、共にとびきりの美人だ。かつて大阪・神戸に住んでいた私には、「関西に美人はいてへん!」という勝手な思い込みがあった。深く謝罪の上、認識を改めなくてはなるまい。
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「光」では元大学教授の村岡さんと遭遇した。渋い歌声に触発され、ママをめぐるライバル意識からか、私もマイクを握ったが何を歌ったか覚えがない。
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 翌朝、ホテルのベッドで目覚めると、同部屋の職場仲間が言った。
「ずいぶんご機嫌でしたよ。寝言で歌ってました」
 よほど楽しかったのだろう。
 窓の外には大阪ベイエリアのビル群が広がっていた。50年前、明確な将来への展望も見出せないまま兄の家に寄宿して、アンコと呼ばれる沖仲士をしたり、専門学校に通ったりしていた。当時住んでいた<築港(ちっこう)>という地名は現在も残っているが、周辺のあまりもの変貌には言葉もなかった。

 この日、ユニバーサル・スタジオや<ミナミ>へ繰り出した職場仲間とは別に、大津から出てきた<登美ちゃん>と、神戸から出てきた<哲ちゃん>の3人で食事をした。二人とも高校の同窓生で、当時のマドンナと秀才だ。前夜の<ニッシー君>共々、昨秋の同窓会で会ったばかりだ。
<哲ちゃん>は生徒会長選挙に私を担ぎ出し、ちょっとした<ワル>でもあった私を当選させた。見事な応援演説も記憶に残るが、彼の絶大な人望が勝因だった。そんな<哲ちゃん>が最初の結婚で、早くに妻と死別するなど、波乱ともいえる人生に話は及んだ。彼にも、過去から現在につながる<物語>があった。
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 冗談めかして、自分のことを<世界の巨匠>といって笑う写真家内山アキラさん(右)。国際美術評論家大賞受賞、ワールドフォトグラフィックカップ2015フランス大会日本代表など、近年の活躍はまさに国際的だ。店には<巨匠>撮影の私のポートレートがある。表情の一瞬の切り取りは見事だ。<瞬間を閉じ込める詩人>たる所以だ。
 市内の大池に飛来する白鳥を撮影した一連の作品は、写真表現の新しい世界を開いてみせた。近々、アブダビ(アラブ首長国連邦)のルーブル・アブダビ美術館の開館を祝って、アキラ・ウチヤマの「昇翔」(下)がロゴ入りポスターとなって世界の美術館に寄贈されるという。
 司法書士事務所を開設している川村さん(左)も、内山さんや私と同年齢の団塊世代。内山さんを送り出した後、二人だけになってしばし語り合った。クリエイティブな表現を求めるアキラ・ウチヤマとは異なり、嘱託を受けて裁判所・法務局などへ提出する書類の作成が業務という世間の表側には出てこない職業だ。しかし、粉飾のないベタな人間の営みが見えてくるのだろう。川村さんの人に注ぐまなざしは温かく、社会を見る眼は厳しい。
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「時に露光や色温度の設定ミスとされていることを知りながら、あえて取り組む。そこを打破してはじめて自分の求める映像の存在を見出す。物語はそこから始まる」
           (「フォトグラファー内山アキラの世界」アキラ・ウチヤマ)
 意味はそれなりに理解できるが、ことはそれほど単純ではあるまい。尋常ならざる感性と、それを磨き上げる不断の積み重ねと試行錯誤。物語は始まるが、それを終わらせない<業(ごう)>のようなものがアキラ・ウチヤマには巣くっているのだ。彼の柔和な表情、その向こう側にあるものを見逃してはならない。

# by yoyotei | 2015-02-23 18:56  

覿面(てきめん)の今

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 結婚前後の10年ほど前には、時々顔を見せていた青山夫妻。この夜、貰った眞弓さんの名刺には<ヒプノセラピスト>とあった。「催眠療法セラピールーム<心の庭>」を開設していて、「出口が見えないと思う時でも自信が持てないと思う時でも、潜在意識は輝きを失いません」と、眞弓さんのメッセージが添えてあった。
 元自衛官の夫は、物静かでいて磊落。夫と妻、それぞれの<心の庭>に同じ花を咲かせているのだろう。新鮮さを失わない二人だ。
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 不識庵こと渡辺さん(左)は、昼間私が働くホテルの職場の仲間でもある。お互いのブログを訪問し合い、そこへ不識庵さんの友人・青山夫妻がアクセスして、この夜の来店となった。楽しい語らいだった。
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 教員仲間のHirokoさん&Izumiさん。Hirokoさんは昨年暮れにつづいて1ヶ月ぶり。
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 <禅>を人生の指針にしている不識庵さん、<心の庭>を広げている眞弓さん、曹洞宗の寺族でもあるHirokoさん。
 『現代人のための仏教の知識百科』(ひろさとや監修/主婦と生活社)に「覿面(てきめん)の今」の解説があった。「どうにもならない過去にこだわり、やって来ない未来に怯えてあれこれ迷ってはならない。覿面の今(目の前にある今)を誠実に精一杯に生きること。それだけが私たちにできる<いっさい>なのだ」とある。
<覿面の今>は「一期一会」にもつながる。「私がいま会っているこの人に、精いっぱい会おうではないか」
 私としては、あらためて<一期一会>を強く意識したい。「幾度おなじ主客交会をするとも、今日の会に再び帰らざることを思えば、実に我一世一度の会なり」。『茶湯者覚悟十体』(山上宋子著)にいう茶の湯における一期一会だが、まあ<酒>でも同じだろう。
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 昨年からの約束どうり、土浦の今井さんがやってきた。北陸の旅の終わりに村上まで足を伸ばしてくれたのだ。相変わらずの軽快なフットワーク。オーラとエネルギーが周囲に拡散していく。<今日の会に再び帰らざることを思えば・・・>。会う、その度その度が一期一会なのだ。、
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 今井さんが北陸の旅に携行していたのは稲葉範子さん(左)の歌集だった。夫と共に農業を営み、農閑期にはスーパーの魚屋で包丁を握る。子育ての悩みや厳しい農業の現実。そして束の間の安らぎ・・・。日々の明け暮れが短歌となって範子さんの歌集が生まれた。
 この夜は、ドクター瀬賀、介護施設を営む佐藤さんも合流し、範子さんは「佐渡おけさ」を気持ちよさそうに歌った。
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 夜が更けて夫が妻を迎えに来た。
 数年前、範子さんは中央の歌壇で大きな賞を受けた。そのときに出版された歌集を私も頂戴した。歌を紹介したいと探したが見つからない。どこに紛れ込んでいるのか。歌集が見つかったときに、あらためて紹介する。
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 最近、髪型が変わったムラタ兄も加わって記念撮影。酒場で出会う人の多くが、こうして知人となる。
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フリージャーナリスト後藤健二さんの「イスラム国」による殺害映像がインターネット上に公開された翌日、朝日新聞の<天声人語>はこう書いた。
「後藤健二さんは頭の左上に何やら視線を感じたそうだ。目をやると、棚に40センチほどの木彫りの女性像がたたずんでいた。アフリカ中部ルワンダの、女性たちが手作りした品を売る店でのこと。祈る姿の像を手に取り、じっとみつめたという」
 私は読んでいないが、後藤さんには『ルワンダの祈り』という著書がある。<天声人語>は続ける。
「イランの映画監督マフマルバフ氏がかっつて、大意こう述べていたのを思い出す。<(アフガニスタンなどの)タリバーンは遠くから見れば危険なイスラム原理主義者だが、近くで個々を見れば飢えた孤児である」。これまでの後藤さんのまなざしにも、重なるものあると想像する。貧困や無知といった暴力の温床を断ちたいと、弱い人々の姿を伝え続けたのではなかったか。無念のいかばかりを汲み、今は祈りを捧げたい」

 上の木彫り人形は20年近く前、ネパールのチベット難民が営む土産物屋で、一緒に旅をしていた次女が手に入れた。<ナマステ人形>と称している。穿(うが)たれた瞳は遥か遠くを見ている。視線の先にあるのなんだろう。後藤健二さんが見ていたのと同じ現実か。

生存権裁判9周年記念講演を聞いた。
 生存権裁判とは、生活保護の改悪で、老齢加算や母子加算を打ち切られた高齢者や母子家庭が、人間らしい暮らしと生きる希望を取り戻すために起こした裁判。憲法25条1項が保障する生存権「健康で文化的な最低限度の生活」を守るための闘いであることから、「生存権裁判」と呼ばれている。2005年京都地裁に最初の提訴がなされてから9年が経過し、提訴者は9都道府県で100人以上にのぼる。

 記念講演は「新潟生存権裁判を支える会」が主催した。講師は板垣淑子さん。NHK大型企画センターチーフプロデューサーとして、「ワーキングプア」、NHKスペシャル「老人漂流社会」シリーズなどを手がけ、現場から年金、生活保護、医療・介護の貧困を伝えている。
「老後破産」と題したこの日の講演。放映された番組の一部を視聴しながら、実態を語る板垣さんの話に、涙が滲んできた。そして猛然と怒りが湧いてきた。
 東京23区内で年間3000人近い人が孤立死だという。ライフスタイルとしての高齢者の一人暮らしが急増しているが、今の社会保障制度は、高齢者が家族と同居していることを前提にしていると、板垣淑子さんは指摘する。
<高齢者人口が3000万人を突破し、深刻なのは600万人を超える一人暮らし高齢者。その半数の300万人が生活保護水準以下の年金収入しかない。生活保護受給者はわずか70万人、230万人は生活保護を受けていない>(講演パンフレットから)
 
 新潟市内の95歳と89歳(死亡時)の女性、89歳の男性の3人が、老齢加算の減額廃止を内容とする、保護変更決定処分の取消等を求めた裁判が<新潟生存権裁判>だ。これに対して、最高裁判所第1小法廷は、今年1月19日、憲法25条違反には当たらないとして上告を棄却し、上告受理申し立てに対しても不受理とした。
 
「番組放映によって高齢者が置かれている現実への理解がすすんできたと感じる。しかし霞ヶ関は・・・」
 板垣淑子さんの述懐だ。政治が行政が、さらに司法までもが壁となって、孤独の中で困窮し漂流する高齢者たちに立ちはだかっている。暗澹として帰路に着いた。
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 都内で公認会計士・税理士事務所を開設している前田さんは時々の週末に故郷へ帰ってくる。偶然、同窓生のエミちゃんに会った。エミちゃんの店<やすらぎ処「石亀」>は、駅近くにあった借り店をやめて、昨年の暮れに実家を改造して新しくオープンした。昼のランチの評判がいい。 
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 この夜、前田さんは妻の栄美子さんを同伴していた。飲むほどに社交性が増す栄美子さん。書棚を製作してくれた石栗さんとツーショットとなった。この夜、それぞれに<知り合い>が一人ずつ増えた。
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「2年ぶりでしょうか」と笠原大志さん(35歳)は言った。新潟県五泉市に生まれ、現在は首都圏の私鉄に勤めている。村上が好きで、何度か訪れているが、その度に顔を見せてくれる。村上好きが高じて、今回は村上で就職すべく面接に来たのだという。
「マスターの歌声を聞かせてください」と言われてギターを手にした。Aマイナーのコードをボロ~ンとストロークしたら、<今日の仕事はつらかった>と、なぜか「山谷ブルース」が口をついて出た。歌い終わると、笠原さんは氷を入れたふたつのグラスに、ドボドボとウイスキーを注いだ。二人だけになった酒場でグビグビ飲んだ。
 村上の就職決まるといいね。デジカメにSDカードが入っていなかったので、笠原さんは似顔絵になった。

# by yoyotei | 2015-02-13 17:38  

喝!

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 年明け早々に書棚が完成し、故本間桂先生が遺された書籍のうち、文庫本と新書版を収蔵した。わずかだが私の物も含めておよそ1800冊になった。圧倒的に多いのは、<禅>をメインに宗教関連のもの、ついで中国の漢詩集、日本の古典文学。蓄積された教養の遺産、心の彷徨の足跡ともいえようか。書棚を眺めていると、私の中に不思議な平安が訪れる。
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 書棚の完成を待って、ニイガタ・プレミアムマガジン「SUITO(新潟粋人)」の取材を受けた。「社長たちがすすめる、いい店うまい店/新潟グルメ倶楽部」という連載企画もの。夭夭亭を薦めてくれたのは、鮭の加工販売「きっ川」の吉川真嗣さん。「町屋の人形様巡り」「町屋の屏風まつり」など、数々の地域起しイベントを手がけてきた<観光カリスマ>だ。故本間桂先生の教え子でもあり、結婚にあたっては桂・笑子夫妻に媒酌人をつとめてもらったという。
 そんな話をしながら写真撮影と取材がすすんだ。左が編集長の金子美貴子さん、右がカメラマンの内藤雅子さんだ。撮影用に作ったカレーを、二人とも「おいしい、おいしい」といって食べてくれた。インド旅行の経験があるという内藤さんとは共通の話題でも盛り上がり、楽しい取材だった。「SUITO」は年4回の季刊。<春号>に掲載予定だ。どんな店として登場するか。査定の結果待ちに似た、ちょっとドキドキの気分だ。
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 長い長い常連の水谷さん(左から2人目)と、同じ病院で働く仲間たちだ。男たち全員が介護福祉士だ。
 厚生労働省は年明けの社会保障制度審議会で改定案を提示した。そのなかで、特別養護老人ホーム(特養)の介護報酬引き下げなど、「施設から住宅」へ高齢者を押し流す方向を打ち出した。人手不足の介護職員。その解消のために処遇改善加算を上乗せするとしているが、「特養」などの基本報酬を引き下げると、介護労働者の処遇後退につながるのでは、との懸念もある。現場を知っているわけではないが、大変な仕事らしく、介護職員の離職率も低くない。誇りが持てて、生きがいにつながるように処遇が改善されなくてはならない。伏目がちな彼らの表情にそんなことを思った。お世話になるも遠い先ではない。
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 昨年は武道館でおこなわれた全国大会に選手を送り出した<村上空手道チーム>。左の二人がその選手の両親だ。その右の、建設会社に勤める内山さん。彼がふいにつぶやいた。
「結婚していなかったら自分はどうなっていたか・・・」
 どういう流れでそんな話になったのか。結婚によって、生きることの意味に辿りつけたということか。そばには奥さんがいた。<のろけ>ではない、しみじみとしたモノローグ。グッときた。
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 夫のその言葉をどんな風に受け止めただろうか。左がその奥さんだ。パートナー冥利だろう。いい夫婦だ。
 その左は空手の指導者飯沼さん。<結婚への道、いまだ遠し>だが、今年はいい風が吹いて、いい出会いを期待しよう。右も空手指導に情熱を傾けている<しんちゃん>。このところ指導に手応えを感じてきたようだ。東京五輪で空手道が競技として採用されるかどうかも気になるところだろう。
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 5年前、<山小屋ライフを楽しみたいが、高い山は駄目>という私の望みをかなえてくれたのが、小林さん(左)とカールママ(右)、写真には写っていないが、いっしょにテーブルを囲んでいる相馬さんだった。山登りを趣味にしている彼らが選んだのが、標高399メートルの大峰山だった。肉や酒を担ぎ上げて山頂の広場で酒盛りをし、持参したギターで歌い、語り笑った。宵闇が迫ると、宿泊する山小屋に場所を移し、円居(まどい)は深夜遅くまで続いた。その日は、奇しくも私の誕生日だった。
 この夜、また大峰山への一泊登山計画が持ち上がった。彼らにとって標高399メートルは山というよりも<丘>にすぎない。だが、あの楽しさは忘れがたく、ギター伴奏も欠かせないということのようだ。
「ギターを持ってあげるから」と、カールママから強く参加をうながされて意を決した。あの日、登りの途中で<ヒーヒー>言っている私を見かねてギターを担いでくれたのだ。本当はリュックの中の酒が重かったのだが・・・。
 決行は4月下旬の予定である。
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 新年になって3週間が過ぎた。建築設計家としてバンクーバー(カナダ)に住む本間さんから、新年の挨拶状が届いた。仕事や家庭生活、趣味の太鼓演奏を通じたコミュニティ活動などについて、昨年の総括と新しい年の計画が箇条書きにしたためてあった。
 本間さんは、隣家の本間桂・笑子夫妻の息子の一人で、<むらかみ九条の会>の唯一の海外在住会員だ。昨年の総括の中に、<加藤周一の「日本文化における時間と空間」に強く感銘する>とあった。加藤周一は、日本国憲法九条の理念を護ることを目的に、大江健三郎、井上ひさし、梅原猛、小田実ら、作家や文化人9人と「九条の会」を立ち上げた。<知の巨人>と称された加藤周一(2008年没)に、本間さんは会ったことがあり、またバンクーバーにも「九条の会」があると聞いた。今、「九条の会」は全国におよそ7500団体(2011年時点)。 今年は活動がひとつの正念場を迎える。
 
 少しでも<禅>の理解につながるかと、新しい書棚から、本間先生の一冊を取り出す。「『正法眼蔵』読解(森本和夫・著 筑摩書房)」。いきなり<只管打座(しかんたざ)>という言葉にぶつかった。ただひたすらに座禅すること、すなわちそれこそが<理解>だとある。<読む>ことなどは座禅行の一部分でしかないのだと・・・。
 何事につけても、なかなか<行>が伴わない私。「ウ~ムッ」なのである。「喝!」

 年明け前後から、体調を崩していた<ナメロー>が快方に向かっている。
 一方で、1昨日は妻が手術。1昨年のは大腸手術痕の腹壁痕跡ヘルニアだという。よく聞く<ヘルニア>という言葉。担当医の説明では<臓器が本来あるべき位置から逸脱した状態>だという。本来あるべき位置からの逸脱なら、臓器だけでなく人間の存在や行動にしても<ヘルニア化>がありそうだ。<本来あるべき位置>が重要だが・・・。
 妻は1週間ほどの入院予定だ。

「イスラム国」による日本人2人の殺害警告。命を盾にする卑劣な要求。それにしても、やりきれない。
 身近なできごと。遠くのできごと。見過ごせないできごと。傍観するしかできないこと。忘れなくてはならないこと。忘れてはならないこと。出来(しゅつらい・しゅったい)し、行き交うさまざまなできごと。そのなかで私たちは生きている。
 



 

# by yoyotei | 2015-01-24 09:00  

羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹・・・

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 左からミッチー、ニッキー、ミワコ、ユイコ、そしてケンドラさん。市内の中学校に勤務するALTや職員たち。帰り際に「プリーズ カム アゲイン」と言うと、「モ・チ・ロ・ン!」と返ってきた。数日後、ミワコさんが別の仲間を連れ「カム アゲイン」だった。ブログのアップが遅くなってごめんなさい、年を越してしまいました。今年も「ヨ・ロ・シ・ク!」
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 新潟県林業研究所、略して<リンケン>の忘年会の流れご一行。
 過日、メンバーの石黒さんが中国土産で買ったという麻雀牌を持ってきた。話に聞いてはいたが<でかい!>。それにしても麻雀の話を聞かなくなった。どういう変化なのだろう。<ひとり遊び>の時代か・・・。
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9ヶ月前の<リンケン>さんたちの画像があった。転勤でいなくなった人も・・・。
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 瀬賀医院とすがい薬局の合同忘年会。すがい薬局のIkumiさんとは何年ぶりだっただろう。笑顔がはじける飲み会はいいものだ。ドクター瀬賀さんとはなにかと接触のあった、この一年だった。
「生活と健康を守る会」の忘年会では<講話>を聞いた。道元の法語集「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」に触れて、<料理すること>に長寿の秘訣があるとの話など、なかなか興味深いものだった。彼は<講話>のタイトルにあった「老後」という言葉を、「これやめましょう」と即座に言明した。
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 コーラスグループ「クリスタルボイセス」のみなさん。この夜は、コーラスの指導をしているミュージシャン大滝さんの、まさにミュージシャンとしての技量に感動した。今年は「夭夭亭」を会場にライブを決行する。多くの人に<本物>を知ってほしい。
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 NHK連続テレビ小説<マッサン>の影響でウイスキーブーム到来となるだろうか。店の隅で、<ちょっといいシングルモルト>を静かに嗜(たしな)む男三人。いい図だ。
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 ヒデちゃんとマヤさん。午(うま)年はどうだったのだろう。ムラタ兄はインフルエンザだかノロウイルスだかで体調不良のため自宅休養。そのムラタ兄の話で深夜まで・・・。

  この風とともに運命が吹いてくる  ああ 来るにまかせるがいい
  これらすべての迫るもの 盲目なもの
  そして私たちを燃えたたすものを・・・・
  (それがお前を見出すように お前はじっと動かずにおれ)
  ああ 私たちの運命がこの風とともに吹いてくる

 この詩をヒデさんとムラタ兄に贈る。リルケの「春風」と題する詩だ。(富士川英郎/訳。)
 すでに風は吹いているんだろうね。
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 市が進めている<市民協同のまちづくり>のメンバーでもあるカサブランカ大滝さん。市の職員たちと。
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「生活と健康を守る会」の忘年会。皺は刻んでも唇に紅をさすことは忘れないキムラさんだ。誰かのことばにあったのは<顔に皺を刻んでも心に皺は刻まない>。いつも瑞々(みずみず)しい気持ちで、ということか。
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 老いがきざしてきたカールにもクリスマスはやってきた。<吠えずはしゃがず>。カールにも<老人力>がついてきた。
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 新潟から会田夫妻が泊りがけでやってきた。この夜のはじめの一杯はあのマイクが好んだ<テキーラ・ボンバー>。ビールの中にテキーラのショットグラスを沈める、アレだ。二人が夭夭亭に<居場所>を見つけてくれたのならうれしい。今年もよろしく。
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 こちらのリンケン(林業研究所)さんも倍旧のお引き立てを・・・。
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 ルミコ、ヒロコ、トシコさん。小学校の先生たち。ヒロコ先生は、私の娘たちが小学生の頃からの顔なじみ。僧侶の妻となって幾年か。いつまでも<瑞々しい>。退職はまだ先だが、退職後も子供たちと触れ合う営みを続けたいと語ったヒロコ先生。笑顔の奥に秘めた思いがあるのだ。
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 年内のブログ更新ができないで年を越してしまった。元旦の朝は雪だった。明けましておめでとうございます。あらためて新年のご挨拶を申し上げます。
 羊年だ。羊<ひつじ>綿羊、山羊の二種あり。性温順にして白、又は黒の長毛あり、毛は織物の原料とす。
「羊質虎皮」(ヨウシツコヒ)外面は美なれども、内、其の実なきに喩ふ。「懸羊頭売馬肉」(羊頭ヲ懸ケテ馬肉をヲ売ル)よき品を看板に出して悪しき品を売る。馬、ひとつに狗に作る。(『字源』)、「すなわち「羊頭狗肉」(ヨウトウクニク)だ。温順にして美しいもの、良いものが羊であるらしい。
「使羊将狼」(羊ヲシテ狼ニ将タラシム)弱者をして強者を率ゐしむるに喩ふ。羊は弱いものでもある。群れで生きる羊。1匹だけになると食も摂らず衰えると、あのカサブランカの大滝さんが教えてくれた。
 テレビの旅番組で、放牧している羊を屠(ほふ)る場面があった。<地を見つめ続けて生きてきた羊たち、死ぬときにはせめて空を見せてやろう・・・>。仰向けにされて羊は命を絶たれる。大地を血で汚さないための仰向け、というのが本当のようだが。

 西島くん、詳子ちゃん、年賀状ありがとう。楽しかったね。みなさんとの逢瀬に思いがつのります。「赤穂の陣」、楽しみです。

 高知に住む、隣家の故本間桂、笑子夫妻の長男からの賀状にあった一言「父母は良い隣人をもったものです」に涙が滲んだ。良い隣人を持つことの果報に与(あずか)ったの私の方だ。今日三日、店の壁に書棚ができる。本間桂さんが残された膨大な書物のうち、文庫本を収蔵する。それを待って、7日には情報誌の取材が入る。書棚の完成披露といったところだ。
 今年からは、書棚をバックに酒を飲むのが夭夭亭の新しい飲酒スタイルになる。飲酒を戒める本もあるし、もちろん飲酒を勧める本もある。さまざまな見識や思いに囲まれて、飲むもよし、飲まぬもよし・・・。
 書棚は<イケメン大工>の石栗さんの腕になるものだ。
 
 羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹・・・

# by yoyotei | 2015-01-03 06:06